こういう恋の始まり方 31

こういう恋の始まり方

それから3ヶ月たった頃、専務のNY復帰説が密かに噂されるようになってきた。

当初の目的であるラファエル氏との業務提携も無事に終結し、専務の日本支社での仕事は終盤を迎えていた。

その間、あたしの気持ちにも1つの区切りがついていた。

『専務との遠距離恋愛』

もちろん距離の遠さに不安はあるけれど、クヨクヨ考えていても仕方がない。

なるようになれと開き直るしかないのだ。

専務にいつ辞令がおりても、狼狽えない。

もう、あたしの心の準備は出来ていた。

そんなある日、西田さんから思いがけずお誘いを受けた。

「牧野さん、今週のいつでも構いませんが、終業後お時間頂けますか?」

「えっ?あっ、はい。いつでも!」

「では、今日は?」

「…も、もちろん大丈夫です。」

「それでは、時間と場所は後でメールします。

それと、…このことは専務には内密に。」

「っ!…了解しました。」

西田さんから誘われること自体ドキドキするのに、専務には内密に…といわれ、一気に緊張感が増す。

あたし、何かやらかしただろうか…。

そんな事を考えながら、終業時間までがものすごく長く感じられた。

…………………

待ち合わせ場所は、会社から歩いて15分ほどの居酒屋だった。

秘書課の呑み会で何度か使ったことがあるそのお店。今日は2人なので小さな個室に通された。

それぞれ注文したお酒に口をつけたあと、西田さんが口を開いた。

「牧野さん、」

「はいっ」

「来月、専務にNY支社へ戻る辞令が出されます。」

「え?」

予想はしていたものの、西田さんの口からそれを聞くとは思っていなかった。

「驚かせてしまってすみません。」

「いえ…でも専務からは何も聞いてなかったので。」

「当然です。専務にはまだ知らされていませんので。」

その言葉に、あたしはさらに驚く。

「えっ?!専務は知らないんですか?」

「はい。」

淡々とそう答える西田さんは、ビールのグラスを既に半分以上空けている。

「専務にはもう少し後にお伝えするつもりですが、それよりも先に牧野さんの耳に入れておきたくて。」

専務よりもあたしに?

その言葉の意味がよく分からない。

「それは…、どういう…?」

「実は、専務がNYへ戻ると同時に、牧野さんにも異動の辞令がおりる予定です。」

「あたしに?」

「はい。」

「異動って、どこの部署にですか?」

秘書課は定年や出産以外では滅多に入れ替えがない。それなのに、あたしに異動の辞令?

「部署はもちろん秘書課ですが、勤務地が…」

「勤務地?」

「NY支社へ。」

「……。」

なんの冗談だろう。

ポカンとしながらも、一応聞いてみる。

「西田さん、あたしをからかってます?」

「いえ、全然。」

「ドッキリですか?」

「そういう趣味もありません。」

だろーさ。

仕事終わりにこんなドッキリを仕掛けるほど、暇だとは思えない。

「あのぉー、ちょっと上手く理解できなくて…もう一度説明してもらってもいいですか?」

混乱する頭をブンブンと振りながらそう言うと、少しだけクスっと笑いながら西田さんが続けた。

「来月、専務がNY支社へ戻られます。もちろん、私も同行して今まで通りお仕えする予定ですが、なんせ専務のスケジュールが過密なので1人では対応しきれない部分もあります。

そこで、一人秘書の人員を増やしたいので、牧野さんにお願い出来ればと。」

「あ、あたしにですかっ?

でもっ、それならもっとベテランの英語もペラペラな…」

「仕事面だけを考えればそうですが、精神面を考えるとあなたが適任です。」

「精神面…?」

「はい。専務は牧野さんが側にいれば精神的に安定しますので。」

西田さんにそう言われ、少し頬が赤くなる。

「どうでしょう、考えて見てくれませんか?」

「……。」

「住むところは会社で手配しますし、お給料も海外勤務の手当が付きますので少しアップします。」

「……。」

なかなか直ぐに返事を出せるものでは無い。

考え込むあたしに、西田さんがポツリと言った。

「実は、牧野さんが会社を辞めたいと言ってきた時から、私はこのことを考えていました。

秘書という仕事に誇りを持ちながらも、専務と一緒にいるために会社を辞める決断をした。

そんなあなたに上司として何か出来ることはないか…そう思った時、『専務の専属秘書』という考えが浮かびました。」

「専属秘書?」

「はい。会社とは別に、専務自らが雇う秘書です。アメリカなどでは当たり前です。」

「へー、知りませんでした。」

「ただ、やはり専属秘書となればそれなりにキャリアも必要ですし、顔も広くてはなりません。」

「はぁ。」

「ですから、牧野さんには無理です。」

それは言われなくても分かる。

思わず、あははーと笑ってしまうあたしに、西田さんも苦笑する。

「幸い、あなたは会社を辞めることを踏みとどまってくれました。私ももっと牧野さんと仕事がしたい。それに、なりより専務の仕事のパフォーマンスを最大限にあげるためには、牧野さんの力が必要です。」

「…あたし、お役にたてますか?」

「もちろんです。」

………………

西田さんとその後1時間ほど話し、あたし達はお店を出た。

大きな通りまで並んで歩く。

その途中、あたしは気になっていたことを聞く。

「どうして、専務には内密になんですか?」

「辞令は正式な手続きを経て、1か月後に全社に通知する予定です。

ただ、その前に牧野さんの意向を聞いて欲しいとある方に頼まれまして。」

「ある方?」

「はい。専務のお父様である社長からです。」

「へっ?社長から?」

「専務と牧野さんが交際しているのは社長も知っています。その上で、NYにも付いてきてくれるか…その意思表示を確かめたいと。

まぁ、簡単に言えば、結婚の意思はあるか?という事じゃないでしょうかね。」

「っ!結婚ですかっ?!」

「フフフ…そんなに驚く事ですか?

専務からのプロポーズはまだ?」

「なっ、ないないっ、ないですっ!」

「時間の問題だと思いますよ。」

「そ、そんな……。」

「とにかく、社長と私の考えは今日お伝えした通りです。専務にこの事を話せば、喜ぶのは目に見ています。ですが、決めるのは牧野さんあなた次第です。

牧野さんがこのお話を蹴っても、もちろん構いません。その時は、この話は最初から無かったという事で、専務の耳には決して入らないようにしますから。」

そう言って笑った西田さんは、軽く頭を下げて、反対側の通りへと歩いていった。

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