こういう恋の始まり方 30

こういう恋の始まり方

週が明けた月曜日。

あたしと専務の噂はまたたく間に社員に広がっていた。

出勤時にはジロジロと見られ、エレベーターに乗り込めばヒソヒソと話される。

予想はしていたけれど、さすがにキツい。

でも、専務の言葉を思い出す。

『ありのままで。』

そう、何も後ろめたいことは無いのだ。

あたしらしく、今まで通りやればいい。

そう思っていたのに、

先輩と外にランチに行ったあと、オフィスに戻るエレベーターの中で、

「牧野さんって、同棲してる彼氏いなかった?」

と、後ろから声をかけられた。

振り向くと、総務部の女子社員4人組。

社内ではかなり目立つグループだ。

「彼氏と別れて専務に乗り換えたってこと?」

「っ!」

「大人しそうに見えて、男好きなのね〜。そういうことには積極的なんだ。」

「……」

「どうやって口説いたの?教えてよ。

私も専務に同じように声かけるから。

あなたが別れたら、次は私が付き合えるかも。」

そう言って笑いながらあたしを見る目が冷たく光る。

言われることは予想していたこと。だけど、実際に起こると何も言い返せないものだ。

13階の総務課にたどり着くと、あたし達を押しのけるようにして彼女たちが降りていく。

それを黙って見つめていたあたしに、先輩がポツリと言った。

「牧野ちゃん、見本見せてあげるわ。」

先輩はあたしの手を取り、彼女たちを追ってエレベーターを降りた。

そして、

「待ちなさいよっ。」

と、叫ぶ。

「随分失礼な事言ってくれるわね。」

「え、なに?」

「牧野ちゃんに謝って。」

「はぁ?」

「言葉遣いも発想も、全てが下品な人達ね。あんた達を専務が選ぶと思う?

目の端にも入らないわよっ!」

「っ!呆れた…どっちが下品よ。どうせ色目を使って専務に近付いた癖に。」

「ちょっと!」

怒鳴る先輩に、

「先輩、もうやめてください!」

と、止めに入るあたし。

そんなあたしを見て、先輩が言う。

「牧野ちゃん、悔しくないの?誤解されて。

この人たちに言ってやりなよ!

専務から何度も告白されて、家にまで押しかけられてたって事。」

「え?」

「私、見たの。

牧野ちゃんが熱出して珍しく会社を3日も休んだ日。

お見舞いにマンションまで行ったら、牧野ちゃんちの玄関に専務が立ってた。

『早く元気になれ』って頭を撫でて帰っていくところ。」

「えっーー。」

そんな所を見られていたなんて全然知らなかったし、先輩も今まで一言も聞いてこなかった。

「それからずーっと、2人のことを見てきたけど、一生懸命秘書として境界線を張ろうとしている牧野ちゃんに、専務が何度もトライしてその線を飛び越えようとしてきた。

口説いた?色目を使った?ふざけないでよ、専務はそんな事で落ちたりしないからっ!」

先輩が精一杯睨みつけて言い放つと、総務課の女子社員たちもバツが悪そうに下を向く。

「最後にもう一つだけ言っておくわ。

牧野ちゃんに同棲してる彼氏がいるっていうあの噂、あれ流したの私。

牧野ちゃんに変な虫が寄ってこないように、そう言って男たちを近寄らせないようにしてたの。

ね?牧野ちゃん。」

「うっ、はい。」

「今まで彼氏いたことあったっけ?」

「…ないです。」

「専務が初めてよね。」

「……。」

小さくコクンと頷くあたしを見て、

クスっと笑いながら、

「そういうことだから、恋愛に関しては立ち上がったばかりの小鹿ちゃんな訳よ。あんまり苛めないであげてくれる?」

と、女子社員に向かって凄んでみせる先輩。

「行くよ、牧野ちゃん。」

「…は、はいっ!」

エレベーターに乗り込んで、秘書課ボタンを押したあと、先輩が言った。

「次からは今のをお手本に、自分で対応するように。」

…………………

専務の堂々とした立ち振る舞いか、それとも先輩の胸のすくような口調が効いたのか、

あたしと専務の噂は1ヶ月をすぎた頃にはほとんど無くなっていた。

「専務、来週は出張ですよね?」

あたしの部屋で寛ぐ専務にそう聞くと、

「仕事モードはオフだろ?」

と、ついつい敬語になってしまうあたしにそう言いながら、身体を引き寄せる。

「来週は会えねーな。」

「久々のNYだから、西田さんスケジュール詰め込んでたね。」

「ああ、俺に仕事させすぎだろ。」

「ふふふ…秘書課のみんなも同じこと言ってた。」

NYでの専務の殺人的スケジュールは秘書課でも話題になっていた。

「鬼の西田ってあだ名は本当だね。」

「あいつはマジで鬼だな。

でも、それくらいのスケジュールが俺には助かる。」

「え?」

「時間が余ったら、おまえに会いたくなって仕方ねーだろ。」

「…何言ってんの。」

この人は惜しげも無く、いつも甘い言葉を吐く。

「毎日、電話する。」

「時差があるでしょ。」

「俺からの電話は、仕事中でも取れよ。

それも重要な仕事だろ。」

「ありえない…」

「んでだよ、電話に出なかったら、オフィスにかけてやる。」

「はぁー?ちょ、やめて……キャア……重い重いっ…」

あたしの上に身体を乗せてくる専務。

それを跳ね除けようとするけれど、きっと

この後は、いつものように甘い時間が……と思った瞬間、

専務が言った。

「牧野、いつかは分かんねーけど、そういう生活が来るってこと、覚悟しておいて欲しい。」

「?そういう生活?」

「ああ。日本とNYとの生活。」

あたしの身体がピタリと止まる。

「遠距離ってこと?」

「だな。いずれは向こうに戻らなくちゃなんねーから。」

そうだ、そうなのだ。

専務が日本にいるのは期間限定。

いつかは戻る人なのだ。

「牧野、」

「ん?」

「遠距離でも、耐えられるよな?」

その質問に思わずクスっと笑ってしまう。

「なに笑ってんだよ。」

「だって…」

「だって?」

「耐えられるか?じゃなくて、耐えられるよな?って聞くから。」

「あ?どう違うんだよ。」

「耐えられるって事を前提で聞いてるでしょ。」

「あー、確かにな。

でもよ、俺は信じてるから。」

「ん?」

「俺たちに距離は関係ねぇって。」

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