「あ゛ーーーー。情けねぇ。」
邸の東棟にある自室。
そのソファに倒れ込みながら俺は叫ぶ。
今日は牧野とデートの日だった。
何日も前からむちゃくちゃ楽しみにしてたのに、退職の話を聞いて頭がカァーとなり、暴言を吐いてあいつを公園に残してきた。最低だ。
交際数日にして、破局の危機。
マジで自分の気の短さに嫌気がさす。
後悔してもおせぇーだろ。
携帯を取りだして牧野にコールするが、繋がらない。
謝るのか?いや、俺は自分の考えを言っただけだ。
でも、さすがに言葉を選ぶ必要はあったと反省する。
『おまえの好きにしろっ。』
そう言い捨ててきたのに、好きにされたら困るのは俺自身だ。
あいつを手放すつもりもねーし、交際するのを辞めると言われたら、マジで凹むし立ち直れねぇ。
「情けねぇ……。」
今度は呟くようにそう言うと、もう一度牧野へ電話をかけた。
…………………
今日は専務とのデートの日だったのに、今のあたしは1人で居酒屋のカウンターで呑んでいる。
もう、4杯目。
相当酔ってるのは分かっているけれど、それでもグラスを持つ手を止めないのは、
酔って酔って、何も考えられなくなりたいから。
退職することはすごく勇気がいることだ。
就職戦争に勝ち残って、晴れて道明寺ホールディングスに入社出来たことはあたしの誇り。
それを手放すのは苦渋の選択だった。
でも、専務と付き合うことはそれ以上にあたしの人生において価値がある事。
仕事はいくらでも変えがあるけれど、専務はたった1人だけ。
あたしが道明寺ホールディングスを辞めれば、少なくとも専務の仕事や秘書課の業務に迷惑がかかることは無くなる。
上司と部下という関係性も無くなるから、2人にとってもいいだろう。
そう思って出した決断なのに、
『おまえは俺を一人の男として見てねーだろ。』
と、専務に言われた。
見てるよ!
見てるからこそ、出した結論なのに。
「はぁーーーー、完全に嫌われちゃった。」
あたしは5杯目のお酒に手を付けながらそう呟いた。
……………………
次の日、目を覚ますと案の定二日酔い。
重たい頭を何とか持ち上げてベッドから這い出でると、出勤ギリギリの時間にオフィスに滑り込んだ。
昨夜、専務から5件の着信があった。
酔っぱらっていたあたしは携帯を確認せずに寝てしまったから、まだ話せていない。
電話をくれたということは、まだ望みはあるだろうか。
いや、もしかしたら『別れよう』と告げる電話かも…。
ぐちゃぐちゃと考えているうちに、午前中が終わりランチタイム。
「牧野ちゃん、お昼はお弁当?」
「今日は作る時間なくて…」
「一緒に社食に行こう。」
「はい。」
朝食を抜いてしまったからお腹は空いている。
右手が包帯で固定されているので、スプーンかフォークで食べられるもの…という事で必然とランチはパスタになった。
4人がけのテーブルに先輩と向かい合うように座ると、パスタを食べるあたしに先輩が言った。
「何かあった?牧野ちゃん。」
「へ?」
「暗い顔してるからさ、なんか気になっちゃって。」
面倒見のいい先輩。
その優しさに涙腺が緩みそうになる。
「ちょっと……色々あって。」
「誰よ、牧野ちゃんを泣かせたのは。」
「な、泣いてはいませんけどっ。」
「私が懲らしめてやろうか、そいつを。」
拳を作ってそう言う先輩に、あたしの心も癒されていく。
「先輩」
「ん?」
「ありがとうございます。」
「何がよ」
「一緒に居てくれて。」
そんな言葉が自然と口から出たあたしに、先輩が言った。
「フフ…、一緒に居るべき相手が来たみたいよ。」
と。
「……?」
意味が分からず固まるあたし。
すると、先輩があたしの背後に向かって言った。
「ここ空きますよ。どーぞ。」
その言葉と同時にあたしの目の前に現れたのは、なんと専務だった。
ランチタイムの社食。
大勢の社員が物珍しそうに専務を見つめる中、
「わりぃ、サンキュ。」
と、先輩に小さく言ったあと、あたしの正面に座った。
「せ、専務っ?」
「何食った?」
「え?…パスタですけど。」
「俺もそれにしよーかな。」
そう言ってキョロキョロと辺りを見回すこの人。
周囲の視線が痛すぎる。
「あのぉー、専務、みんなが見てるので…」
「だな。」
「だな、じゃないです。
用があるなら、あとで、」
「牧野」
「はい?」
「昨日は悪かった。ごめん。」
突然、あたしに頭を下げる専務。
その行為に社員たちが息を飲むのが分かる。
「専務っ、」
「俺が言いすぎた。マジで反省してる。」
「や、やめてください。」
「まだ怒ってるのかよ。」
「そーじゃなくて、」
「電話くらい出ろよ。
おまえに無視されたら、一睡も出来ねーだろ。」
この人は、こんな人目の多い場所で何を言い出すのかっ。
あたし達の会話に驚く社員やニヤニヤする社員。
「専務っ、」
「あ?」
慌てるあたしを横目に、少し楽しそうに答える専務。
「ちょっと来て下さいっ!」
これ以上、この場所には居られない。
あたしは専務の腕を取り、走るように社食から逃げ出した。
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