こういう恋の始まり方 27

こういう恋の始まり方

牧野が退院したその週の木曜日、

俺は人生初めての『デート』の約束をした。

仕事終わりに食事に行き、バーで軽く呑んで、ホテルの部屋で甘い時間を……と、計画していたのに、

退勤間近になって思いもよらぬ事を知ってしまった。

それは、ババァに会議の報告に行った時だった。

「牧野さん、退院したそうね。」

「…ああ。」

『大事な女』だと豪語した手前、牧野の事を隠すつもりはねぇ。

「怪我の具合はどうなの?」

「手首のヒビの治療は継続中だ。」

そう答えたあと、

「あいつの事を気にかけるっつーことは、俺達のことは認めてくれたって事でいーんだよな?」

と、聞いてみる。

すると、ババァが

「辞める覚悟であなたと付き合うっていう彼女の精神力は大いに認めるわ。」

と、笑いながら言った。

「辞める覚悟?」

意味がわからず聞き返す俺に、

ババァは少しマズったという表情で言う。

「……あら、まだ聞いていないの?」

「何がだよ。」

「彼女、……退職届を西田に手渡したそうよ。」

……………

今日は専務と『デート』の日。

19時に会社を出て待ち合わせ場所に行く予定なので、退勤時間はいつもより少し遅め。

来週のスケジュールを確認しながらデスク周りを整えていると、急に秘書課のオフィスがザワついた。

顔を上げて見ると、ズカズカと大股で秘書課に乗り込んでくる専務の姿。

「専務どうされましたか?」

驚いてそう聞く西田さんもスルーして、真っ直ぐにあたしのデスクまで来ると、

「牧野、帰り支度してちょっと来い。」

と、怒った表情で言う。

「…え?」

時刻は18時。待ち合わせ時間にはまだ程遠い。

戸惑うあたしに、もう一度専務が言った。

「行くぞ。」

何があったのか…、もちろんあたしも訳が分からないけれど、それ以上に秘書課のみんなが怯えた顔であたしを見つめる。

「牧野ちゃん、何やらかした?」

「専務のあの顔はヤバいよ」

「何してあんなに専務を怒らせた?」

そんな心の声が聞こえてくる中、あたしはチラリと西田さんに視線を向ける。

すると、西田さんはあたしに向かって小さくコクコクと頷き、少しだけ優しく微笑んだ。

……………

専務の後を追いながら会社を出て、オフィスビル街に囲まれた大きな公園へと入る。

その間、専務は一度も振り返ることなく、ずんずんと歩いていく。

まるで、あたしなんか見えていないかのように。

公園の東側にあるベンチ。

木の影に覆われたそこは、あまり人の気がなく空いている。

そこに専務が座ったので、あたしも隣にちょこんと腰を下ろした。

「牧野。」

「はい。」

「俺に黙ってることあるよな?」

「…へ?」

突然そう言われて、戸惑う。

なぜなら、思い当たる節が何個もある。

とりあえず、近々の案件で聞いてみる。

「えーと、安西部長の出張の件ですか?」

「あ?安西?出張ってなんだよ。」

「1泊の出張に付いていく…」

ここまで言ったあと、後悔する。

この件じゃなければ、完全に墓穴を掘っているかも。

「泊まり?同行するってことか?」

案の定、専務の眉間にシワがよる。

「えー、まぁー、流れでそうなりそうな」

「ふざけんなっ!ありえねぇ、却下だ却下!

俺が言ってんのは、」

「あっ!あれですか?

来週の秘書課の飲み会に参加する事にした…」

「あ?参加するのかよっ!

病み上がりだからやめろって言ったよな?」

「でもっ、何度も言いましたけど、今回の飲み会は順番性であたしが幹事なんです。それに、怪我って言ってもこれくらいだから、大したことないし。」

と、ヒビの入った固定された手首を持ち上げてみせると、

専務は、

「……はぁーーー。ちげーよ。

俺が言ってんのは……、退職届の事だ。」

と、悲しそうな顔であたしを見つめた。

「…あー、それ…ですね。」

あたしも思わず俯いてしまう。

「西田に出したっつーのはほんとか?」

「…はい。」

「俺にはおまえの考えが全く理解出来ねーんだけど。

俺たち、これからちゃんと付き合っていくんじゃねーのかよ。」

「だから、辞めるんです。」

「あ?」

心底理解できないという表情をする専務に、あたしは言う。

「専務とあたしが付き合っている事が知られれば、変な噂もたちます。部下に手を出したとか、上司に色目を使ったとか…今までそれで信用を無くしたケースを他社で何人も見てきてますから。」

「言いたいやつには言わせておけばいーだろ。」

「秘書課の同僚達に迷惑をかける訳にはいきませんからっ。」

「……俺と付き合う事が、秘書課の迷惑になるっつーのかよ。」

「そうじゃなくて……。」

どう説明したら分かってもらえるのか…、そう思い口篭るあたしに、

「結局、おまえは俺を一人の男として見てねーんだろ。会社や同僚、他人の目ばかり気にしやがって。いつまでも隠れてたいなら、おまえの好きにしろ。」

と言い放ち、専務は立ち上がると、あたしを置いて公園を後にした。

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