こういう恋の始まり方 26

こういう恋の始まり方


専務が病院へ行った頃、ホテルのスイートルームではラファエル氏と社長、副社長の3人が調印式後の一杯を交わしていた。

『あいつは俺にとって大事な女だ。』

そう言い切って出ていった専務。

残された者たちは重苦しい雰囲気に包まれていたが、それを破ったのは楓社長の一言だった。

「西田、あなたはいつから知っていたの?」

私に向けられる質問。

「ここ最近です。」

と、簡潔に答えると、

「そういう事は報告して欲しかったわ。」

と、不満げに言う。

「彼女の名前は?」

「牧野つくしさんです。」

「歳は?」

「専務のひとつ下です。」

「いつから交際を?」

「専務の方が好意を持っているようですが、牧野さんからは明確なお返事はしていないようです。」

「どうしてかしら?他に相手が?」

「いえ、そうではなくて……。」

楓副社長の質問に、まるでAIのように瞬時に答えてきた私が、ここにきて口篭る。

すると、社長が言った。

「珍しいな、西田、おまえが言い淀むなんて。」

と、笑う。

「……。」

「ははは…司は彼女のタイプじゃないという事かな?」

「そうでは無いです。」

牧野さんが専務の好意を簡単に受け入れない訳。

それは、私には痛いほど分かる。

なかなか答えない私に、

「いいわ。彼女に交際の意思が無いのなら、特に問題はないわね。相手が秘書だと知られれば、さすがに体裁が悪いし…。」

と、楓副社長が言う。

その言葉を聞いて、私の中で抑えていたものがプツリとキレた。

「相手が秘書ではそんなに悪いでしょうか?」

「……西田?」

「牧野さんは私が知る限り、誰よりも秘書という仕事に誇りを持っています。ですが、その彼女が今秘書の仕事を辞めると言ってきてるのです。」

「辞める?」

「はい。私にこう言いました。専務を本気で好きになってしまったから、秘書のままでは居られないと。彼女も分かっているんです。秘書と上司がそういう仲になれば好奇な目で見られるという事を。

でも、そんなの馬鹿げた話です。秘書だって1人の人間、恋だってするし、その相手が上司だということも勿論あります。専務と牧野さんはただ純粋に惹かれあっただけ。お願いですから、体裁が悪いなどとお二人の前で仰らないでください。」

腰を90度に折り、深く頭を下げる。

すると、そんな私を見て、社長が突然大きな声で笑いだした。

「あっはっはっはっー、西田おまえ、司に仕えるようになってから、性格まであいつに似てきたようだな。」

「はい?」

「おまえがそんな感情的になって話すのは初めて見た。気が荒い司と一緒にいると移ったんだろう。」

確かにそうかもしれない。

専務に仕えてかなり経つ。

当初はわがまま盛りの生意気な『ガキ』だと思っていた専務だが、その中身は以外に純粋で真っ直ぐな男。情に厚いところや妥協を許さないところ、荒々しく感情的な部分もすっかり私に馴染んできてしまった。

「それで?彼女の退職は受理したのか?」

「…いえ、まだ。」

「司はこの事は?」

「知りません。

ただ、私にひとつ考えがありまして…。

専務のそばには牧野さんが必要なので、これが1番ベストかと。」

……………

専務が帰ったあと、あたしは病室のベッドの中でウトウトしながらさっきまでの甘い時間を思い出していた。

専務から聞く『好きだ。』という言葉に、

はじめてあたしも気持ちを伝えた。

今まで何度も伝えたかった言葉。

でも、その勇気がなくて言えなかったけれど、

今日、病室で専務の顔を見た時、心の底から安堵し会いたいと思っていた自分に気づいてしまった。

もう、心は決めていた。

専務を好きになってしまい、それを打ち明けてしまった以上、このまま秘書としている事は出来ない。

関係が知られれば、専務の仕事にも影響するし、秘書課にも迷惑がかかるはず。

ウトウトと眠気が強くなる中、

『転職先を探さないと…』とあたしは考えていた。

……………

それから2日後。

あたしは無事に退院した。

午前中に退院の手続きを済ませ、午後からは職場に行き労災の手続きをしなければならない。

入院したあの日に、ようやく専務と個人的な連絡先を交換したので、今日も朝から

「無理して出勤しなくてもいいぞ。」

と、専務からメールが来ていたけれど、

秘書課の同僚に仕事の穴埋めもして貰っていたので、早く職場に行きたくてウズウズしていた。

辞めると決意したのに、やはりあの居心地のよい秘書課の雰囲気が恋しくてたまらない。

マンションに一旦帰り、スーツに着替えてから会社へ向かった。

オフィスに入るなり、先輩が

「牧野ちゃーん!」

と、立ち上がる。

「皆さん、ご迷惑お掛けしました。」

「何言ってるのよっ。身体はってアリーナさんを助けたんだから、名誉の負傷よ。

手首、痛むの?」

「いえ、それほど。

でも、箸が持てないので食欲を持て余してます」

「私が食べさせてあげるから心配しないで。」

そんな会話をしながら、秘書課のみんながあたしの周りに集まって来てくれる。

「ほんと心配したのよ。頭打って意識がないって聞いてビックリしたわ。」

「お騒がせしました。」

「救急車が来るまでみんなオロオロしちゃって。

でも、もっと驚いたのは、専務のあの姿よね?」

「え?」

「凄かったんだからっ!牧野ーーっ、大丈夫かぁーって真っ青になって。あんな姿初めて見たけど…、

ねぇ、牧野ちゃん、専務と牧野ちゃんってどんな仲?」

秘書課のみんなが一斉にニヤニヤ顔であたしを見つめる。

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