こういう恋の始まり方 22

こういう恋の始まり方

次の日、

出勤して1時間ほどたった頃、秘書課に1本の電話がかかってきた。

「えっ?!乗り遅れた?」

電話を取った先輩が大きな声でそう聞き返すのが聞こえ、オフィスにいる全員が聞き耳を立てる。

「それで?次の便は?……サイアク……。どうしてくれるのよ…。

とにかく、キャンセル待ちして!」

電話を切った先輩が項垂れて言う。

「河野のバカ、飛行機に乗り遅れたって。」

「えっ!!」

「もちろん安西部長も一緒。

次の便は空席なしでキャンセル待ち。

それに乗れなかったら、今日のプレゼン間に合わない。」

「マジかっ。。。」

秘書課全体が一瞬で凍りつく。

今日は取引先への大事なプレゼンがある。営業部のトップ安西部長自ら先方へ出向き、最終説明する予定だったのだ。

その前日、これまた大事な取引先との接待で沖縄でゴルフコンペがあり、一泊したあと今日の朝一で東京に戻るというスケジュールを組んでいた。

「どうしよう…。」

真っ先に青ざめたのは、誰でもなくあたし。

安西部長にいつも同行している秘書担当はあたしなのだ。

沖縄は1泊なので、さすがに泊まりの同行の場合は男性秘書が代わりに行くという暗黙のルールがある。

今回も沖縄へは後輩の河野が付いていき、今日のプレゼンにはあたしが同行する事になっていた。

「とにかく、飛行機のキャンセル待ちはしてるけど乗れないっていう最悪の想定をしなくちゃ。まずは牧野さん、営業部に行って課長と至急打ち合わせ!部長が戻れない場合、プレゼンは課長がする事になるからっ。」

「はいっ!」

テキパキと指示をする先輩に大きく返事をして、あたしは営業部へと駆け出した。

…………

営業部へ着くと、そこは秘書課以上にパニックになっていた。

プレゼンに行くはずだった部長が戻らない、その代わりに行かされるかもしれない課長はすでに青ざめている。

「吉川課長。」

「…ん?あー、牧野さん。」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫…じゃないよね。

俺、自信ないよ。」

「吉川課長も携わっていたプロジェクトじゃないですか。内容も全て頭に入っているはずです。大丈夫です、まだプレゼンまで5時間以上あるので、最終確認しておきましょう。」

こんな時、秘書はこうして励ますことしか出来ない。正直、今日のプレゼンに出席するメンバーは、プロジェクトに関わっている4社の部長クラスが勢揃いする。

その中で1人だけ課長が行けば、年齢もかなり若いし、キャリアも違う。死ぬほど緊張するのは当たり前だろう。

ガチガチに固まっている吉川課長を見つめながら、あたしは心の中で『どうか、飛行機のキャンセルが出ますように!』と何度も願った。

…………………

それから2時間後。

あたしの願いは虚しく、プレゼンまでに間に合う飛行機は全て満席だと河野から連絡が入った。

これで安西部長が出席することはもう絶望的。

秘書課も深いため息に包まれる。

「そもそも、安西部長の酒癖の悪さは有名だろ。河野には呑ますなって言ってあったのに、あのヤロー!」

「先に酔い潰れたのは河野の方らしいですよ。酒が呑めないからって理由で今回同行秘書に選ばれたのに、あいつが酔いつぶれてどーすんだよっ。」

「一緒にゴルフをまわった○○商事の加藤部長は、酒の席にコンパニオンを呼ぶ事でも有名ですしね。」

「とにかく、プレゼンがもし失敗にでもなれば、河野もクビだな。」

ヒソヒソとそう話す秘書課メンバーたち。

あとは運に頼るしかない。

そう誰もが思った時、秘書課に、

「お疲れ様です。」

と、大きな影が入ってきた。

「西田さんっ!」

「ただいま戻りました。」

軽く頭を下げる西田さんは、朝から専務と一緒に海外とのリモート会議に出席していた。

「それで?どうなりました?」

席に着くなり、先輩へそう投げかける。

「河野から先程連絡が入り、飛行機のキャンセルが出ないため、戻ってくることは不可能となりました。プレゼンは営業部の吉川課長が代わりに行くことになり、同行秘書は牧野さんです。」

「吉川課長ですか…、」

西田さんの眉間にシワがよる。

そして、しばらく考えたあと、デスクの上の電話に手を伸ばし、内線キーを押す。

「専務、プレゼンは営業部の吉川課長が出席するそうです。」

西田さんが話す相手はどうやら専務だ。

「同行秘書は予定通り牧野さんが務めます。」

西田さんはそう言ったあと、何度か無言で頷き電話を切る。

秘書課に緊張が走る。

若手の河野を同行秘書に抜擢した事を叱られるだろうか。そもそも、こんな時間に余裕のないスケジュールを組んだこと自体、咎められるだろうか。

ピリピリとした空気が流れる中、西田さんが受話器を置き、静かに言った。

「プレゼンには専務が出席します。

秘書は牧野さんが付くように。」

……………

夕方、時計の針が5時を回る頃、

あたしは会社の地下駐車場で専務が来るのを待っていた。

プレゼンには専務が出席することになった。

本来なら格下の吉川課長が行くはずだったので、かなり心強い。

けれど、相手側にはすでに安西部長が飛行機に乗り遅れたという噂は流れているだろう。

この大失態を、専務だからといって挽回できるかと言えば相当虫のいい話だ。

それは専務自身もよく分かっているはず。

定時に駐車場に現れた専務の表情はいつも以上に硬い。

車に乗り込むなり、あたしが差し出した最終資料を念入りにチェックしていく。

そして、15分後。

プレゼン会場に到着した車。

それまで無言だった専務は、降りる際、あたしに向かって一言だけ言った。

「必ず成功させるぞ。」

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