こういう恋の始まり方 21

こういう恋の始まり方

朝目覚めると自室のベッドの上。

昨夜のウイスキーが残っていて、完全に二日酔い。

少し痛む頭を押さえながらダイニングへ入っていくと、いつもはもう出勤しているはずのババァが俺を見て、

「だらしないわね、全く。」

と、呆れた顔で言ってくる。

それに反論する力は今は無い。

黙って席に着くと、タマが俺の前にコーヒーを置きながら言った。

「奥様、坊ちゃんは『恋に悩むウブな男子』なので、苛めないでやってくださいまし。」

その発言に、口に入れたばかりのコーヒーを吹き出す俺。

「なんだよ、その恋に悩むなんとか…って、」

「違うんですか?

昨夜、フラフラになった坊ちゃんを邸まで担いで連れてきてくれた西門さまと美作さまが仰ってましたけど。」

「バカかあいつら……、」

昨夜は1人でウイスキーを1本空けた。

『帰るぞ』と声をかけられて目を開けると牧野の姿がなく、先に帰ったと知らされる。

なんで起こさねーんだよっと奴らに八つ当たりすると、『おまえ酔った勢いで襲うだろ。』と半ば核心を突いてくるあきら達。

どんな流れだろーが、そろそろ牧野に触れたいと思うのは本音だろ。

そんな欲望を打ち消すように、目の前のババァが大きなため息をつく。

「今まで、結婚やお見合いの話をしただけでも拒絶していたあなたが、どういう心変わりかしらね。」

「……。」

「あなた覚えてる?1年前、相原家のお嬢さんとの縁談が持ち上がった時に私に言ったわよね。

『俺は結婚はしない。他人に合わせて生きていくことは無理だから、期待しないでくれって。』」

「そうそう、そんな事もありましたね。

だから、タマは言ったんですよね。今の暮らしが合っているなら、タマと結婚しましょうって。」

「タマっ!」

「タマ……」

タマのキツい冗談に、俺とババァが顔をしかめる。

「彼女とは結婚も考えているの?」

「ああ。」

「本気?」

ババァが身を取りだして聞いてくる?

まさか俺が結婚も視野に入れているとは思っていなかったのだろう。

「あなたをそんな気にさせる相手に興味があるわ。相手はどなた?」

「…言えねぇ。」

「は?言えないような相手なの?」

「そうじゃねー。

けど、あいつからちゃんとOK貰ってからじゃねーと。」

そう呟く俺に、タマは嬉しそうにコーヒーを注いだ。

……………

今日の秘書課は閑散としていた。

みんな外回りに同行していて、残っているのはあたしと後輩の佐々木くんだけ。

あたしは自分の席に座り、デスクの上にあるスケジュールカレンダーを見つめる。

来週の金曜日。

その数字の下に小さく○○商事主催のパーティーと書かれている。

このパーティーにはアリーナの父親であるラファエル氏が出席することは決まっていて、アリーナも連れて行くことが予想される。

ただ、これには専務も出席予定なのだ。

前回の会食では、微妙な雰囲気のまま別れた2家族。

あれからアリーナからは何も言ってこない。

専務の『好きな人がいる』発言にショックを受けたのだろうか。

本来なら、あたしから連絡をした方が良いのだけれど、なんと言って良いか…あたしも微妙な立場なのだ。

考えれば考えるほど、暗い気持ちになり、思わずデスクに突っ伏す。

すると、背後から聞きなれた声で

「牧野さん。」

と、名前を呼ばれた。

「西田さんっ!」

「驚かせてしまってすみません。

少し打ち合わせしても宜しいですか?」

「あっはい!」

すぐに返事をして立ち上がると、

「第4会議室で」

と、普段使うことの無い小さな会議室を西田さんは指定した。

……………

西田さんの後を追い、会議室へ行く。

2テーブルと4つの椅子しかない小さな会議室。

そこに向かい合って座る。

これは完全に叱られる時のパターンだ。

あたし、何かミスをしただろうか。

頭の中で猛スピードで考えていると、西田さんが

「そんな怖い顔しないで大丈夫ですよ。」

と、あたしを見て苦笑する。

そして、言った。

「専務に聞きました。牧野さんに好意を持っているという事を。」

あー、そういう事か。

ここへ呼ばれたのは仕事ではなく、その事への叱責か。

思わず、下を向くあたし。

すると、西田さんが急に頭を下げながら言った。

「牧野さん、私の勘違いで大変失礼な発言をしてしまい申し訳ありません。」

「えっ?」

「お二人の雰囲気から、何かあったのだろうとは思っていましたが、まさか専務から猛プッシュしているとは…。今までの経験上、専務に言い寄ってくる女性が多かったものですから、今回もそのパターンかと思い、牧野さんには『恋愛感情を抱くな』なんて的はずれな事を言いました。お許しください。」

再び頭を下げる西田さん。

「いえいえっ、そんなっ、やめてください。

あたしの方こそ、なんというか…すみません!」

と、あたしも頭を下げる。

お互い頭を下げながら数秒。

ゆっくりと頭を持ち上げ、見つめ合ったあと、西田さんが笑った。

声を出して笑ったのだ!

あのいつも冷静沈着な西田さんが、楽しそうに笑っている!

驚いて固まる。

「いやー、専務も普通の男性なんだと分かって、安心しました。」

「へ?」

「今まで女性に興味を示した事がなかったものですから、少し心配してたんです。もしかしたら…と。」

「………。。。」

「それに、牧野さんだと聞いて、私は嬉しかったです。そりゃあ、驚きましたけど、専務も案外見る目があるなぁ〜なんて。」

浮かれ気味に話す西田さんは、いつもとは別人のよう。

「専務は片思いだと言っていましたが、その後進展は?」

「…いえ。」

「牧野さんは専務が嫌いですか?」

そんな直球で聞かれると、さすがに答えに困る。

「嫌いでは……」

「では、好きなんですね?」

「好き…というのも…、」

口ごもるあたしに、西田さんは真面目な顔に戻り聞いた。

「牧野さんを迷わせているものはなんですか?」

あたしを迷わせているもの。

それを口に出してしまうと、あたしの人生が変わってしまいそうで、今まで築いてきたものが崩れてしまいそうで怖い。

だから、今まで専務からも逃げてきた。

でも、このまま逃げてばかりの自分も…嫌い。

だから、それを初めて口にした。

「あたし、……会社を辞めようと思っています。」

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コメント

  1. 匿名 より:

    更新めちゃくちゃ嬉しいです!ありがとうございます!
    え?まさかの展開に⁈退社?
    西田さんもそりゃ勘違いしちゃいますね笑

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