こういう恋の始まり方 9

こういう恋の始まり方

それから数日後、同僚と社食でランチを取っていると、専務の秘書である西田さんに声をかけられた。

「牧野さん、少し打ち合わせいいですか?」

「あっ、はい!」

社食の隣にあるカフェスペースに2人で移動すると、コーヒーを注文し並んで座る。

「土曜日のアリーナさんとの会食の件ですが、」

「はい。」

「その日が何の日かご存知ですか?」

「……えっ?」

突然の質問に固まるあたし。

「資料には書いてありませんでしたが、その日はアリーナさんのお誕生日です。」

「えっ!!」

思いもよらない事を聞かされて驚く。
半年ほど交流があったのに、そんな大事な日を見落としていたなんて。

「申し訳ありません!事前にきちんと調べておくべきなのに!」

「いえいえ、牧野さんが謝ることではありません。
ホテル提携の話が持ち上がった時は娘のアリーナさんが同行する事は聞かされていませんでしたので、彼女の資料は殆どありませんでしたから。
日本への留学が決まって、先日、アリーナさん自身の資料をチェックしていた所、たまたま会食の日がお誕生日だと知ったまでです。」

「…そうですか。」

「それでですね、牧野さんにご相談なのですが。」

「はい。」

「会食時に専務からアリーナさんへプレゼントをご用意したいのですが、何か良い案はありませんか?」

アリーナへのプレゼント……。

大人っぽい雰囲気の彼女だけれど、中身はまだまだ子供。
持っているものは意外と可愛らしい物を愛用している。
特に日本のキャラクターは、コレクターと言われてもおかしくないくらい好きだ。

「そうですねぇー、……ぬいぐるみはどうでしょうか。」
あたしは恐る恐る小さな声で言ってみる。

「ぬいぐるみ…ですか?」
案の定、眉間に皺を寄せる西田さん。

「アリーナは日本の○○のキャラクターが大好きなんです。
女の子に人気のキャラクターでして、新宿にそれ専門のお店があるんですけど、アリーナは日本にいる間、何度もそのお店に通ってます。」

「はぁ、それは初耳ですね。」

「この間ネットで調べたら、そのキャラクターの日本限定版ぬいぐるみが発売されるようで。その事をアリーナと電話で話したら、都合が悪くてその日買いに行けないって落胆してました。そのぬいぐるみ、並ばないと買えないんです。もしそれが手に入ったら……」

「アリーナさんはとても喜ぶと言うことですね?」

「間違いないと思います!」

あたしの話に大きく頷く西田さん。

「発売日はいつですか?」

「金曜の午後5時からです。」

「……。」

「お許し頂けるのであれば、仕事を少し早めに切り上げて、私が並んで買ってきましょうか?」

少し考えた西田さんは、私ににっこりと笑いかけながら、
「では、その方向でお願い致します。」
と、言った。

…………………

金曜日。
午後5時からの発売に向けて、あたしは会社を昼で退勤した。

幸いお天気は良好。
ショップの前に着くと、やはり既に長い列ができていた。

飲み物と時間を潰すための本は持ってきた。
あと4時間近く、辛抱強く待つだけ。

そう思いながら、鞄から本を取り出そうとした時、突然横から声がした。

「人形1つに、こんなに並ぶ奴がいるのかよ。」

「…っ!専務!?」

驚くあたしに、専務は何事もなかったかのようにカップのコーヒーを手渡す。

「ど、どーしたんですか、こんな所で。」

「会社を早退してまで人形を買いに行く社員がいるって聞いたから、上司として見逃せねぇだろ。」

「はぁ?だって、それはっ、西田さんに許可も貰ってますし、だいいち、ちゃんと半休届けを出してきてますから、」

そう言って慌てて弁解していると、あたし達の横にショップのお姉さんが来て、
「整理券でーす!」
と、小さな紙を流れ作業で渡していく。

思わず受け取ったあたしの手の中には整理券が2枚。
どうやら、専務の分まで貰えたらしい。

「これ、専務のです。」

「いらねーよ。」

「せっかく来たんですから、どうぞ。」

渋々受け取る専務。

「受け取ったからには、5時まで帰れませんからね。」

あたしがからかうようにそう言うと、なぜか専務は嬉しそうに、

「いつまででも居てやるよ。」
と言った。

……………

長いと思っていた4時間はあっという間だった。
結局、持参した本は1度も開くことなく、専務との取り留めのない会話で時間が過ぎていく。

2度も夜を共にした相手だけれど、こうしてきちんと話をするのは初めてだ。頭が良くて近寄り難いと思っていた専務は、意外に日本語に弱いやんちゃボウズ。

ようやく時間が来た。
整理券の通りに順番が呼ばれ、ショップ内に通される。
あたし達もお目当てのぬいぐるみを無事にゲットすることが出来た。

その他にもアリーナが好きなそうなグッズをいくつかカゴに入れプレゼント包装もしてもらう。

ショップを出た頃にはすっかり日も暮れていた。
さすがに疲れと空腹のあたし達。

そんな時、店の真ん前にハンバーガーの移動店舗が停まっていた。
それを見て、同時に呟く。

「腹減った。」
「お腹空いた。」

もう、選択肢なんてあるはずがない。
そのハンバーガー店へ直行したあたしたちは、ポテト付きのセットを注文して、そこにある小さなベンチに並んで座り、ジャンクな夕食にありついた。

「久々に普通サイズのハンバーガーを食った気がする。」

「え?」

「NYのバーガーは有り得ねぇくらいビッグザイズなんだよ。これの3倍はあるぞ。」

「へぇ〜、食べてみたいなぁ。」

「おまえなら、半分以上残すと思う」

「そんなに少食じゃないので私。」

そう言い切ったはずなのに、数分後、この目の前にある普通サイズのバーガーですら、食べ切るのが辛い。食べるペースが止まりかけているあたしに、

「食えねぇとか言わねーよな?」
と、わざとらしく嫌味を言うこの人。

「ポテトの量が多いんですっ!」

「ほぉー、少食じゃねぇとか大口叩いたやつはどこだろ〜な。」

そんな専務はもう間食して、ハンバーガーの包み紙を綺麗に畳んでいる。
あたしのバーガーは残り3分の1。でも、さすがにこれ以上はもう無理。

悔しいけどギブアップしよう、と思いながらバーガーをトレイに置こうとした時、専務が
「食わねぇの?」
と聞く。

「もう、お腹いっぱいで。」

「じゃあ、俺が食う。」

「へ?」

あたしの手の中にある食べかけのバーガーを専務が1口、口に入れる。

「あっ、こんな食べかけのじゃなくて、もう1つ頼みます?」

「いや、これでいい。」

「…でも、」

あたしがかぶりついた跡が残っているバーガー。
それを躊躇なく食べるなんて…

そんな心の声が専務にも伝わったのだろうか。
クスッと小さく笑いながら、この人はあたしに爆弾を落とす。

「間接キス以上のこと、俺たちしてんだから問題ねーだろ。」

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コメント

  1. 椿お姉さん☆ より:

    過去作品も新作もとても面白いです♪ 続きが気になります( *´艸`)

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