その夜、マンションの部屋で寛ぎながら、昼間専務から渡された資料に目を通していた。
そこにあるのはアリーナの顔写真。
本当に美人で惚れ惚れしてしまう。
私よりも年下なのに大人っぽい雰囲気と、抜群のスタイル。透き通るような白い肌にピンクのリップがとても似合っている。
フランスの大学でも日本語を専攻していたからかなり語学も上達した。あたしとの会話もほぼ日本語でOKな所まできている。
あたしは携帯を取り出して、久しぶりにアリーナの番号へかけた。3コール目で、「つくし!」と、いつものはつらつとした声が響いた。
「アリーナ、元気でしたか?」
「もちろん!つくしは?」
「私も元気です。
日本に留学する事になったそうね。」
「そうなの!パパからようやくお許しを貰ってね。」
「また、困ったことがあったら連絡してね。専務からも力になってあげて欲しいと言われているので。」
「つくし、ありがとう!
来週には日本に行くわ。すぐにディナーを一緒にしましょう。」
「分かりました。連絡待ってます。」
そう話して電話を切ろうとした時、アリーナが「つくしっ!」と言った。
「ん?」
「あのね、…司も食事に誘っちゃダメかな…」
「専務を?」
「うん。んー、パパから仕事の話もしてこいって言われてるのよ。」
「じゃあ、専務との食事会も1席設けましょうか?」
急いで鞄からスケジュール帳を取り出すと、アリーナが
「ううん、そこまで堅苦しくなくていーの。つくしもいてくれた方が話しやすいし。」とボソボソと言う。
「…分かりました。
じゃあ、専務にもお伝えしておきますね。」
「ありがとう!来週、連絡するわっ。」
……………………………
その1週間後、アリーナがフランスから日本にやってきた。
滞在するのは業務提携がなされた楓ホテル。
セミスイートルームを半年間住まいとして使うのだから、さすがに大富豪はスケールが違う。
夜はいつでも空いているという事で、専務のスケジュールに合わせて食事会をする事になった。
専務の秘書である西田さんに早速アポを取ってみる。
「西田さん、この間お話したアリーナさんとの食事会ですが、専務のご都合の良い日はありますか?」
「…そうですね。今週末は予定は入っていませんので大丈夫だと思いますが、…牧野さん、直接専務と相談して頂けますか?」
「えっ、あたしがですか?!」
「はい、お願いします。」
なぜか不敵な笑みを浮かべてそう言われると断れるはずがない。
正直なところ、最近のあたしは専務と顔を合わせるのを避けていた。
合わせてしまえば嫌でも一緒に過ごした夜の事を思い出す。
あたしにとってあれは、嫌な思い出では無いけれど、黒歴史であるのは間違いない。
でも、仕事にいつまでもプライベートな感情を持ち込む訳にもいかず、あたしは渋々専務のオフィスへ向かった。
コンコン……
中からは何も応答がないけれど、あたしが行くことは西田さんから伝わっているはず。
そっと扉を開けると、こちらに背を向けて中央のソファに座っている専務の姿。
「専務…失礼します。」
そう声をかけて近付いたあたしは、その姿を見て小さくクスッと笑う。
ソファに座りながら眠っている専務。
昨夜は遅くまでパーティーに出席していたから疲れたのだろう。
こんな風に眠る姿は珍しい。わざわざ声をかけて起こすほどの案件でもないので、あたしは小さなメモ書きに
「アリーナさんとの会食ですが、土曜日の19時からでいかがでしょうか。」と記し、眠る専務の前にあるテーブルに静かに置いた。
と、その時だった。
急にあたしの腕が捕まれ、ソファに引きずり込まれる。
「わぁっ!」
バランスを崩したあたしの身体が着地したのは、専務の腕の中。
「せっ、専務っ!」
「シッ!西田に聞こえるぞ。」
「おっ、お、お、起きてたんですか?」
「今起きた。」
あたしの耳元でそう話す専務の声にドキドキと胸が鳴る。
「離してください!」
「疲れてんだよ。」
「はぁ?それとこれとは関係ないでしょっ」
「それは俺が決める。」
「っ!……」
この人はおそろしいほどに俺様なのだ。
「セクハラで訴えますよ。」
「それはこっちのセリフだろ。
上司をホテルに誘うのはれっきとしたセクハラだぞ。」
「だからっ、…ホテルの件はっ、」
やはりそう簡単には黒歴史は変えられない。
ジタバタしながら専務の腕から逃げ出そうとするあたしの身体を、ぎゅっと拘束しながら
「牧野。」
と、名前を呼ぶ。
「…はい?」
また何かを言われるのでは…そう身構えるあたしに、この人はまた甘い声で囁く。
「5分だけ、このままで居させろ。」

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