あの日、三年ぶりに取った休みを牧野の家で過ごした。
着いて早々に俺が『つくしさんと結婚したい。』と告げると、心底驚いた顔で固まった牧野の両親。
俺の素性について詳しく牧野から説明すると、ますます頭を抱えた二人だったが、
あれから半年、すっかり俺とも打ち解けて最近では『道明寺さん』から『司くん』に呼び名も変化した。
そして、今日、『牧野』が『道明寺』になる。
明日にでも結婚したいと思ってしたプロポーズだったが、『結婚』というものはそう簡単にことが進むはずもなく、両家の顔合わせから結納、式場の打ち合わせ…………そんな諸々の事情で、すべてをやってるうちに半年もかかった。
そうして首を長くして待ち望んだこの日。
都内の小さなチャペルに親族と友人を集めたささやかな式が行われる。
着替えを終えた俺は式までのわずかな時間もじっとしていられず、新婦の部屋の前まで来ていた。
中からは牧野と誰かの話し声が聞こえている。
壁にもたれたままその声に耳を傾けていると、
ガチャっと音がして部屋の扉が開いた。
「司っ。」
「おう。」
部屋から出てきたのは滋と桜子。
「道明寺さん、こんなときでも先輩と離れてるのが寂しいんですか?」
桜子がそう言ってからかうが、それが本音だからしょうがねぇ。
「牧野の他に誰かいるのか?」
「いいえ。先輩だけです。」
その返事を聞いて中に入ろうとする俺に、
「司っ、新婦のドレス姿は式の本番までお楽しみでしょ!」
と、引き留める滋。
「ふざけんな。俺が誰よりも先にあいつのドレス姿見てーんだよ。
おまえらが先越してんじゃねーよ。」
俺は二人にそう言い捨てて部屋に入ると、後ろで桜子の「相変わらずですね」という呟きが聞こえた。
部屋の大きな鏡の前に真っ白なドレスに身を包む牧野の姿がある。
窓からの日差しで、スポットライトを浴びたかのようにそこだけがキラキラと輝いている。
「道明寺っ。」
「…………おう。」
あまりにその姿が綺麗で返事をすることさえも忘れるほど。
「牧野、すげー綺麗。」
そう言って、無意識に唇にキスをすると、
「もうっ、せっかく口紅塗ったとこなのにっ。」
と相変わらずムードのねぇこいつ。
「もう時間?」
「いや、あと15分ある。」
「……どう?このドレス。」
「ああ。悔しいけど似合ってる。」
マジで悔しい。
ドレスは、俺が牧野に似合うものを特別に作らせるつもりだったのに、結婚を聞き付けた姉貴が早々に帰国しやがって、牧野を引っ張り出し勝手にドレスを作りやがった。
それを聞いて怒鳴る俺に、
「こういうのは、男より女同士の方が話しやすいわよね。
それに、靴もティアラもつくしちゃんにピッタリなのをオーダーしといたわ。
当日が楽しみ~~~」
とかなんとか言いやがって、俺の怒鳴り声にもびくともしねぇ姉貴。
そのかいあって、今目の前にいる牧野は、
ドレスも靴もティアラも、完璧に似合ってる。
「牧野、ごめんな。」
「……何が?」
キョトンとした顔で見つめるこいつ。
「指輪もドレスも俺からじゃなくて、ごめんな。」
「何言ってるの。
あ母さんにもお姉さんにも、こんなに素敵なもの頂いて…………」
「だから、俺は決めた。」
「はぁ?」
「俺にしか出来ないものを送るって決めたんだよ。」
指輪もドレスも、プロポーズさえも先を越されたけれど、唯一、ババァと姉貴には出来ない贈り物がある。
「俺からの贈り物は、ハネムーンベビーだ。」
「…………。」
「なっ?俺にしか出来ねぇだろ?
俺はそのために今日から1週間休みを取ったんだぞ。
必ずプレゼントするから、安心しろ、なぁ牧野。
」
さっきまであんなに嬉しそうだった牧野の顔が、なぜだか曇っていく。
「なんだよ、嫌なのか?」
笑いながらそう聞いてやると、
俺の胸をバシッと叩きながら、
「ほんと、どうしようもないバカ。」
と睨む姿がすげー可愛くて、
俺は性懲りもなくまたキスをする。
あの日、あのとき、エレベーターでこいつに会ってから、たぶん俺は一瞬で恋に落ちた。
それからは急降下を加速するジェットコースターのように、牧野を知れば知るほど好きになった。
それは今も変わらずスピードを上げ続けている。
「牧野、俺のこと愛してるか?」
俺がおまえを愛してるのはもう伝わっているはず。
「愛してる、道明寺。」
そんな俺らの深くなるキスを咎めるかのように、部屋の外から
「そろそろお時間です」
と声がした。
Fin
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