まさかババァが牧野に婚約指輪を渡すとは思っても見なかった。
でも、その指輪は俺が想像していたのよりはるかに安価なものに見える。
「牧野、指輪は俺が買う。
だから、これじゃなく、おまえの好きなものを選べ。」
そんな俺の言葉に、
「道明寺、待って。
……あのぉ、これは社長のものですか?」
と、その指輪とネックレスを見ながらババァに聞く牧野。
「ええ。
これは、私の祖母が婚約の時に祖父から送られたものよ。
それを母に、そして私に。
そうして受け継がれてきて、あなたで4代目になる。」
「それをあたしに?」
「ええ。道明寺の嫁になるなら、この指輪が一番相応しいわ。」
そんな代々受け継がれてきた指輪があったなんて俺も知らなかった。
そして、それをババァは牧野に……。
「あたしで、……いいんでしょうか。」
隣に座る牧野が、少しだけ震える声でそう言った。
「あなたがいいのよ、牧野さん。
私は社長として、それから母親として司に求める理想像があるの。
社長としては、早く私の右腕となって次期社長の自覚とスキルを磨きあげること。
これは、私がバシバシと鍛えるから心配いらないわ。
そして、もうひとつ母親として求めることは、
愛する人を見つけて、心安らぐ場所を得ること。
司の人生はこれからも試練の連続。
だからこそ、司が心を許したあなたにずっと側にいて貰いたいの。」
ババァは俺と同じような人生を歩んできた先輩だ。
いくつもの試練にぶち当たり、挫折と孤独を味わってきたに違いない。
そして、そんなとき必要なのは、俺が牧野に感じているような暖かい温もりだと分かっているんだろう。
「……分かった。
少し牧野と二人で話させてくれ。」
俺はババァにそう頼むと、牧野の手を握り部屋を出た。
東の角にある俺の自室に牧野を連れ込むと、そこにある特注で作らせた大きなソファにこいつを座らせる。
そして、俺もそのとなりに座ると、牧野の体を俺の方に向け、まっすぐに牧野の目を見つめた。
「牧野、」
「ん?」
「…………嫁に来るか?」
「…………。」
「……なんとか言えよ。」
沈黙に耐えられなくてそう言うと、
「今のは、ほんとのプロポーズ?」
と、聞く牧野。
フライングが多すぎて、プロポーズを真に受けてもらえねぇのは心外だけど、
「これはマジなやつ。」
と真顔で言ってやる。
すると、
「……嫁になってもいいの?」
と、聞き返すこいつ。
「ああ。なって欲しくてたまんねぇ。
指輪もプロポーズも、ババァのせいですげーメチャクチャだけどよ、俺の気持ちはずっと前から決まってる。
……牧野、俺の嫁になってくれ。」
小さく頷く牧野を抱きしめて、耳元にキスをする。
まさか、こんなダサいプロポーズになるとは自分でも想像していなかった。
けど、俺は牧野と出会ってから計算外が茶飯事だ。
今までの俺を変えていくこいつ。
そして、それが嫌じゃねぇ俺。
ババァの言う通り、こいつが俺の安らげる場所だ。
「牧野、明日こそ空けておけよ。」
「え?」
指輪はババァに先を越された。
でも、他にやるべきことがある。
「おまえの実家に行くぞ。」
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