週のはじめの月曜日。
いつもの時間に目覚めると、喉に激痛が走り、身体が火照っていた。
体温計ではかるまでもなく熱があるのが分かる。
原因はもちろん2日前の金曜の夜。
専務とホテルに行き、朝方まで裸で過ごしていたからだ。
ダルい身体を起こし、リビングにあるソファに座ると体温計を脇に入れる。
数分後ピピピとなった小さな機械は38.3℃の表示。
ダメだ、とてもじゃないけれど気力だけで仕事に行けるレベルでは無い。
素早く今日のスケジュールを頭に書き出して、重要な案件が無いことを確認すると、少し早いけれど職場に電話をして休ませて貰うことを伝えた。
幸い、就職してから5年経つけれど、ほとんど休みを貰った事がないあたし。「風邪をひいてしまって…」と伝えると、本気で心配され、快く休みを貰うことが出来た。
今日一日大人しく寝ていれば明日には熱も下がるだろう。
そう思いながら、早々にベッドに潜り込んだ。
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それから2日後の水曜日。
相変わらず喉が痛い。微熱も続いている。
病院に行って、喉からくる風邪だろうと診断され薬もどっさり持たされた。
何年ぶりだろう、こんなに風邪をこじらせたのは。
きっと中学生以来かもしれない。
あの時は傘を持たずに登校して、帰りにどしゃ降りにあってしまい全身べしょ濡れになった翌日、高熱を出したのだ。
懐かしい思い出だ。
あれ以来、まともに熱を出したことなんて無かったのに、今回はすっかりこじらせてしまった。
理由が理由なだけに、他人には恥ずかしくて絶対に言えない。
部屋の中央にある壁に掛けられたカレンダーに目をやると、今日は2月の最後の週。
あと3日で2月も終わりだ。
忙しかったこの半年。フランス老舗ホテルのオーナーであるラファエルとの業務提携を無事に終わらすことができ、その仕事に携わった秘書課のメンバーたちもホット一息着くことが出来た。
そして、その仕事のメインを務めた専務は、2月を持ってNYへと帰っていく。もうきっと、二度と顔を合わせることもないだろう。
元々住む世界の違う人だ。仕事が終われば、関わることもない。それを分かっていたからこそ、ホテルに誘うというあんな大胆な行動も取れたのだ。
ウトウトとそんな事を考えながら、私はまた眠りに引き込まれた。
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どれくらいたっただろうか。
部屋に響くチャイムの音で目が覚めた。
携帯に手を伸ばし時刻を確認すると20時。
こんな時間に誰だろう。
ベッドから起き出して、インターフォンの画像を覗き込んだあたしは、思わず小さく「えっ!」と叫んでいた。
そこに映し出されていたのは、いつもの黒いキャップをかぶった専務の姿。
この状況か飲み込めずに固まるあたしと、何度もチャイムを鳴らす専務。
5回目くらいのチャイムの音で我に返ったあたしは、慌て玄関へ行き鍵を開けた。
「よお。」
「お、お、お疲れ様です。」
なんと返して良いか分からないので、とりあえずいつも通り頭を下げるあたしに、専務は渋い顔で言う。
「熱あんじゃねーのかよ。」
「あー、はい。少し。」
「そんな格好してたら治らねーぞ。」
そう言われて気付く。あたしの今の格好は、真冬なのに半袖ショートパンツのルームウェアだったのだ。
「あっ、いや、これはっ!
さっきシャワーに入って着替えたんですけど、ここ数日洗濯出来てなかったから、これしかなくて。」
慌てて弁解するあたしに、専務は小さな紙袋を差し出した。
「ん?」
「専属のドクターに薬作らせてきた。」
「え?薬なら貰ってきたからあるんですけど」
「これは、一般人が使えるような薬じゃねぇ。」
相変わらず俺様口調で言いながら、あたしの手の中に袋を持たせた専務は、目線を逸らしながらボソッと言う。
「風邪ひかせた原因は俺にもあるしな。」
その言葉に一気にこの間の夜を思い出し、顔が火照る。
「明日には出勤出来そうか?」
「はい。明日から行きます。」
「分かった。」
明日は専務の日本支社最後の出社日だ。
朝の朝礼で最後の挨拶をすることになっている。
「それ飲んで、早く寝ろよ。」
専務はそう言って、あたしの頭にポンっと手を置いたあと、帰って行った。
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次の日、朝目覚めると数日続いていた風邪症状が嘘だったかのように身体が軽い。
「一般人が使えるような薬じゃねぇ。」
専務のあの言葉は本当なのかもしれない。
久しぶりの出勤に心躍らせながら身支度をすると、いつもより早めに家を出た。
会社に着き、休んでいた間の事務仕事を手早く済ませると、あっという間に朝礼の時間だ。
半年間一緒に仕事をした専務が最後の挨拶に来ると言うことで、秘書課も朝からソワソワとした雰囲気に包まれていた。
「NYに帰っちゃうなんて悲しいぃー。」
女子社員たちからは悲痛な声もチラホラ。
そんな中、秘書の西田さんと共に現れた専務。
その場の空気が一気に変わるほどのオーラ。
近くで見るともちろんだが、遠い場所からでも分かる圧倒的な美を纏った男性だ。
誰もが見惚れ、シーンと静まり返るオフィス。
その中央で専務の最後の挨拶が始まった。
誰もが専務の半年間の功績を称え、別れを惜しむ時間だと思っていたこの瞬間。
なのに、この人は思いもかけない言葉を言った。
『しばらく日本支社にこのまま残る事になりました。
引き続き秘書課の方にはお世話になると思います。
よろしくお願いします。以上』
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