牧野が二泊三日の温泉旅行から帰ってくるのを首を長くして待っているはずだった俺に、タイミング悪く牧野とは入れ違いで出張が決まった。
場所は皮肉にも牧野と同じ京都。
「わりぃ。
おまえと入れ違いで俺が出張になった。
約束してた土日はあえそうにねーな。」
そう電話で伝えた俺に、
「そうなんだ。」
と珍しく気落ちした声の牧野。
「なんだよ、寂しいか?」
からかってやると、
「寂しいよ。」
と意外な返事。
「……おまえさ、」
「なっ、なに?」
「会えねぇ時に限ってそういう可愛いこと言うな。」
会えない時間が長ければ長いほど、触れられない時間があればあるほど、ヤバイほどに欲求が高まる。
『しない男』と総二郎がからかうほどだった俺は、いまでは『したくて堪らない男』に変貌してる。
付き合う前はキスさえも我慢できた俺だったのに、付き合いだして唇を重ねる度にそれ以上を求めそうになる自分がいて苦笑する。
ちゃんと、牧野の気持ちが俺に追い付いてるか。
俺の独り善がりなんじゃねぇか…………。
京都での出張はスケジュール通り順調に進み、残り一日となった。
会食を早めに切り上げてホテルに戻るため車に乗り込んだ俺は、車内で新聞を広げていた。
ふと、ホテルまでの距離に随分時間が掛かってるなと思い窓の外に視線を向けると、見知らぬ風景が広がっている。
「西田、グランドホテルじゃねーのか?」
連泊してるホテルに戻ると思い込んでた俺は西田にそう聞くと、
「今日はホテルが満室で取れなかったので、温泉宿を予約しています。」
と答える西田。
「珍しいな。俺の名前でも取れなかったのかよ。」
「ええ、……まぁ。」
温泉に泊まるのは何年ぶりか。
数年前、総二郎の茶会が箱根であり、その時にF3と一緒に行って以来久しぶりだ。
「明日は休みですのでゆっくりお過ごしください。」
「休み?明日の視察はどうなった?」
確か明日の最終日は午前中に視察をして、午後に東京に戻る予定のはず。
「キャンセルになりましたので。」
「マジかよ…………。」
それが分かっていれば明日から土日で仕事が休みのはずの牧野と、待ち合わせておくことも出来たのに。
戻ったばかりのあいつを呼び寄せるのも酷か。
せっかくの温泉宿と、久しぶりの休みを一人で過ごすことに小さくため息をついた。
宿について部屋の露天風呂にゆっくり浸かったあと、ビールを飲みながらパソコンを開いていると携帯がなる。
画面には『牧野』の文字。
「もしもし。」
「道明寺、何してる?」
「ビール飲みながら仕事してた。
おまえは?」
聞きたかった牧野の声に、自然と甘さが出る。
「ちょっとね……。
ところで、仕事はまだかかりそう?」
「あ?明日で帰る予定……」
「そうじゃなくて今。今してる仕事。」
「今?いや、別に急ぎの仕事じゃねーし。
寝るまで暇だったからパソコン開いてただけだ。
なんだよ、なんか話でもあんのか?」
牧野の言ってる意図が分からずそう聞き返すと、
「…………大丈夫みたいです。」
と小声で誰かと話してる様子。
「おまえ、誰かと一緒なのか?
こんな遅い時間にウロウロすんな。
まさか、俺がいねぇのをいいことに男と会ったりしてねーよなっ?」
そう言いながらチラッと頭に徳井の顔が浮かぶ。
と、その時、俺の部屋の呼び鈴がなった。
西田か?
「牧野、ちょっと待ってろ。
西田が来たかもしんねーから。」
俺はそう言って部屋の扉を開けると、
「ジャーーーーン!」
携帯を耳に当てたままの牧野が目の前に立っている。
「おっ、おまえ、なんでここにいる?」
「拉致られたの。」
「あ?……誰にだよ。」
「滋さんと西田さん。共犯らしいよ。
道明寺、もう電話切っていいから。」
あまりに突拍子もないこいつの出現に、顔を見合わせながら携帯で話すというアホらしいことをしてた俺。
「牧野、泊まるとこは?」
「…………泊まらせてくれないの?」
いつもの強気な口調で言ってるくせに、
顔は情けねぇほど緊張してるのが分かる。
「泊まらせてやりてぇけど……、
覚悟がねぇなら、ダメだ。」
「覚悟?」
「ああ。俺はおまえと一緒の部屋で、なにもしねぇ自信はないからな。
ここから先に入るってことは、そういうことだ。」
こいつが1歩部屋に足を踏み入れた時点で、俺のスイッチが入るのは目に見えている。
見つめあう俺ら。
そして、次の瞬間、
部屋の扉を大きく開き、ズカズカと俺の横を通りすぎ部屋へと入っていくこいつ。
そんな牧野の腕を掴み、
「これが、おまえの答えだよな?」
そう聞くと、
小さく頷くのが見えた。
久しぶりに味わう牧野の唇。
今日は途中でやめなくてもいい。
知りたかったその先にも進むことができる。
生まれて初めて感じる感情。
これを言葉にするなら、
『愛してる』
こういうことなんだと、今なら分かる。
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