主役たちの挨拶のあと、管理部長の音頭で乾杯を終えると、あとはいつもの飲み会になる。
いつもはおとなしいビジネスマンたちも、徐々にお酒が入ってくるとお祭り騒ぎになるのは常々のこと。
あたしもウーロンハイを飲みながら、回りのテーブルに視線を向けて、頃合いを見て飲み物のオーダーを取りに行く。
上座の方にいる谷さん……徳井さんとは席も離れていて、目さえも合わせることはない。
もう縁の切れた人。
意外と彼を目の前にしてもスッキリしている自分がいる。
もっと、どす黒い感情があると思っていた。
顔を見るのも寒気がすると思ってた。
それなのに、今のあたしは結構平気。
自分でも、プッ……と笑えるほど。
そんなことを思っていると、いつの間にかあたしが座る入り口近くの席まで、徳井さんがビールのピッチャーを持ちながら移動してきていた。
一人一人に、
「これからはよろしくお願いします。」
とお酒を注いでいく。
そんな姿は相変わらず、紳士的で好感が持てて、上司の目に留まるのもよくわかる。
あたしたち栄養管理課の四人がいるテーブルまで来た彼は、今日はじめてあたしと目があった。
あの頃と変わらない優しい目。
でも、あの頃と違うのは、
その目をもう信じていないあたしがいる。
そんなあたしたちの仲を知らない栄養管理課の女性たちが、お酒が程好く回ってきたらしく不躾に
質問をする。
「徳井さ~ん、新婚生活はどう?
赤ちゃんは可愛い?」
おばさまたちに捕まった彼は逃げることも出来ず、
「ええ。まぁ。」
と曖昧に答えている。
「男の子?女の子?」
「女です。」
「あらまっ、なら、男の子が産まれるまで頑張らなきゃ!
徳井部長も首を長くして待ってるんじゃない?」
「ええ。まぁ。」
幸せそうでなによりだ。
彼の幸せを妬んだことも、恨んだことも一度もない。
ただ、やり方が卑怯だっただけ。
それも過去の話。
隣のテーブルに視線を向けると、グラスが2つ空いている。
あたしは立ち上がり、そのテーブルまで行くと、
「飲み物、何頼みます?
あたし、お手洗い行ってくるからその時についでに頼んできます。」
そう言って徳井さんから離れた。
店員さんに飲み物をオーダーして、お手洗いに行った後、2階の大広間に戻ろうとしたその時、
「牧野。」
とあたしを呼ぶ声がして振り向いたあたしの目の前に、
徳井さんが立っていた。
「牧野。」
「……なにか?」
「少し話せるか?」
その言葉、あの『言い訳』を聞かされたあの時と同じ。
「元気だったか?」
「……はい。」
「管理課に戻ってくることになった。」
「……はい。」
「まぁ、こんなこと言えた立場じゃないけど、牧野のことはあれからずっと気になってて。
そのぉ、これからは同じ課だし、昔みたいに俺のこと頼って貰いたいなと思ってる。」
「…………。」
「これ、新しい俺の名刺。」
そう言って渡されたのは管理課課長と記された名刺。
若くして課長にまで出世したこの人は、たぶん幸せなんだろう。
そう思ったあたしに、徳井さんが言った。
「裏に俺の携帯番号、書いておいた。
完全にプライベートの携帯だから、家族にも見られる心配のないやつだから。」
言っている意味が分からない。
「空いた時間にかけてきて。」
そう言ってあたしを置いて先に階段を上っていく。
残されたあたしは、その小さな名刺を握りながら呆然と立ち尽くしていると、
階段の上から同期の山下が叫んだ。
「牧野っ、牧野早く!
すごい人が飲み会に参加してくれたぞ!」
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