久しぶりに参加する課の飲み会。
いつもはほとんど顔を出さない飲み会も、今日は早い内から参加を決めていた。
なぜなら、管理課でお世話になった先輩が他部署へ移動することになり、送迎会も兼ねた飲み会だったからだ。
あたしが所属する栄養管理課は、管理課でありながら、個別に部屋を与えられている。
だから、飲み会でもない限り同じ課の人ともあまり交流がない。
年に数回のこういう機会に顔を出して交流しておくのも大切なこと。
会社から程近い居酒屋。
集合時間の7時少し前に栄養管理課の四人で店に入った。
2階の大広間を貸しきっているらしく、ズラリと並べられたテーブルと座布団。
あたしたちが入っていくともう20人近くは座っていた。
知った顔に「お疲れ様です。」と、ペコペコ頭を下げながら入り口近くの場所を確保する。
まだ年若いあたしは、こういうところで雑用係りとして働くのが基本。
時間が来るまで同じ年の同期たちと、久しぶりに会話を弾ませていると、
ガヤガヤと廊下から人の気配が。
そして、流れるように部屋に入ってきたその中に、
あたしは会いたくない人を発見した。
なんで?
どうして彼が?
思考が停止するあたしをよそに、
「おう、来たか。
これで今日の主役は揃ったな。」
そう管理部長の声が響いた。
あたしを含めて50人ほどを前に淡々と進められていく主役たちの挨拶。
去るものと来るもの。
その中にあたしの会いたくない人、
谷さんがいる。
谷さん…………、
いや、今は徳井さんか。
甘酸っぱい記憶と、苦しい記憶が交差する。
彼はあたしの5つ上の先輩だった。
新入社員の頃からあたしを気遣ってくれて、助けてくれた。
そんな彼から付き合ってほしいと言われたときは、嬉しさよりも驚きが強かった。
いい先輩としてしか見ていなかった彼を、すぐに恋愛対象で見ることが出来ないと言ったあたしに、いつまでも待つと言ってくれた彼。
そして、それから1年後に今度はあたしから告白した。
もちろん、彼はすごく喜んでくれてすぐに交際がスタートしたあたしたち。
社内では噂になるのを避けて秘密にしていた恋。
付き合って3ヶ月目。
ちょうどクリスマスの時期。
あたしの誕生日祝いも兼ねて都内のホテルを彼が予約してくれていた。
それが、あたしたちのはじめての夜になるはずだった。
けれど、…………、
そこに彼が来ることは……なかった。
そのまま連絡がとれず、新年が明けて会社に来たあたしは、悲しい現実を知った。
『管理課の谷が、経理部の徳井部長の娘と婚約した』
噂だと思ってたその内容が現実だと分かったのは、それから2週間も経ってからだった。
何度も連絡を取ろうとしたあたしの電話を無視し、会社ではあからさまに避けていた彼と、ばったりエレベーターで会ったのだ。
もう、その頃にはあたしの気持ちもだいぶ落ち着いていて、彼を前にしても動揺も、取り乱すこともなかった。
「……お疲れ様です。」
「……おう、お疲れ。」
それから無言のままエレベーターがゆっくりと上昇していく。
そして、25階。
あたしが先に降りようとした時、彼があたしの手を掴んだ。
「少し話せるか。」
「……はい。」
ひとけのない場所で聞いた彼からの
『言い訳』
上司の娘に見初められた。
断りきれる相手じゃない。
今でも好きなのは牧野だけ。
相手を好きだなんて思ったことはない。
苦しいのは俺も一緒だ。
冷めた目で彼を見ている自分がいた。
他人事のように聞いている自分がいた。
あとで分かったことだが、
この時、すでに相手の彼女のお腹には小さな命が宿っていたらしい。
断れる相手じゃない?
好きだなんて思ったことはない?
俺も苦しい?
恋愛って言うのは難しい…………。
つくづくそう思った。
たからあたしは、
それから、難しい事にはチャレンジしないことに決めた。
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