牧野を連れて店から出た俺は、
「おまえに話がある。」
そう言って返事も聞かずタクシーにこいつを押し込めた。
「メープルホテルまで。」
運転手にそう告げると、驚いた顔で俺を見る牧野。
タクシー内の至近距離で見つめられるとバカ見てぇに心臓が鳴る。
膝上のスカートが座ったことで更に短くなり、白い肌が嫌でも目に入る。
「メ、メープルに?」
「ああ。」
そう返事をすると、困った顔をするこいつ。
「メープルのバーで一杯付き合え。」
「あっ、あーっ、はい。」
あからさまにホッとした顔しやがって気に食わねぇ。
だから、
「なんなら、そのまま泊まっていくか?」
そう意地悪を言ってやると、
「っ!遠慮しておきます。」
と言ってプイッと外を向いた。
メープルのバー。
夜景が綺麗に見える窓側のカウンター席。
俺が選んだカクテルを飲みながら、緊張してるこいつ。
「専務はいつもこういうところで飲んでるんですか?」
「いや、俺も久々に来た。
大事なやつしか連れてこねぇよ。」
「プ……」
「何だよ。」
カクテルを飲みながらおかしそうに笑うこいつ。
「専務って、」
「ちょっと待て。おまえさ、その専務ってやめろよ。すげー距離があるだろその呼び方。」
「専務は専務でしょ。他になんて?」
「専務以外で呼べ。」
「なら、…………女たらし。」
「あぁ?!」
「あたしの携帯にはそう登録されてるから。」
「マジかよ、あり得ねぇ。
……司って呼べ。」
「……それこそ、あり得ない。」
なんでこの女はこんなにかわいくねぇんだよ。
司と呼べるのは限られた奴だけなのに、それさえも嫌がるこいつ。
「なら、女たらし以外なら何でもいい。」
もうなげやりで言ってやると、
少し考えて、
「道明寺。」
と呟いた。
「道明寺、でいい?」
「……おう。」
ヤバイ。
今の俺の顔は相当ヤバイと思う。
『司』と呼べるのは限られた奴だけの特権だけど、『道明寺』と呼ぶのはこいつだけの特別。
「なぁ、牧野、俺と付き合わねぇか?」
「っ!」
抑えられなくて唐突に言ったその言葉に目をでかくして驚くこいつ。
「俺はおまえが好きだ。」
カウンター席に隣り合う俺たちの距離は数十センチ。他の客とはだいぶ離れているからこの台詞が聞かれる心配はねぇけど、
こいつだけにそっと伝わるように、
こいつにしか伝えたくねぇから、
俺は距離を縮めて言った。
「…………専務、あっ、道明……寺。
……お見合いは?さっきの人とは……」
「ああ、あれか?気にすんな。」
「気にすんなって、気になるでしょーがっ。」
「気になるか?」
「当たり前でしょ!」
「…………。」
「何、笑ってるんですか?」
「いや、まぁ、あれだ。
おまえが気にしてると思うとすげー嬉しいっつーか、」
俺が見合いしたことをこんな風に気にして、怒ってるこいつが可愛くて緩む顔が抑えられねぇ。
「信じらんない、この人。
人に好きだって言っておきながら、お見合いもしてる?
恋愛と結婚は別だからいいんですかっ?」
そう拗ねたように言うこいつに、俺の見合いのスタンスを教えてやる。
見合いは義務でやってる恒例行事。
今までは好きな女なんていなかったし、見合いさえ定期的にしてれば外野はうるせぇことを言わなかった。
「でも、今は好きな女が出来た。
だから、これからは見合いには行かねぇ。
おまえにもう一度聞く。
牧野、俺と付き合おうぜ。」
俺は本気だ。
たぶん、こいつを逃したら結婚どころか恋愛さえしないだろう。
「牧野?」
俯いて考えているこいつが、ゆっくりと顔をあげて言った。
「あたし、道明寺のことよく知らない。
だから、……」
断るな。
そんな理由で断るなよ。
そう願った俺はこいつのその先の言葉をかき消すように言った。
「なら、俺のこと知ろうとしろ。
返事はそれから聞く。
明日から俺の空いてる時間はおまえのために空ける。
だから、おまえの空いてる時間も俺にくれ。」
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