専務が家まで来たあの日、そのあと散々桜子と滋さんからあたしたちの仲を詮索された。
でも、言葉で表せる仲ではないあたしたち。
「好きだって言われたの?」
滋さんにそう聞かれたけど、
ふと思い返してみれば、『付き合おうぜ』とは言われたけれど、好きだなんて一言も言われていない。
ただ、『おまえのことがもっと知りたい。』
そんな曖昧な言葉が耳に残っているだけ。
だけど、あの日からあたしの携帯の着信履歴は、
『女たらし』という登録名になった専務からでいっぱいになった。
ほとんど毎日かけてくる電話。
無視すると滋さんか、桜子にかけてくるから厄介だ。
それほど執拗なのに、いざ話すと、
「何してた?」とか、
「変わったことねぇか?」とか、
とりとめない内容ばかり。
そんな専務と話しているうちに、逆にあたしの方が専務の声の変化に敏感になってしまった。
いつもはオフィスから家に帰る車の中でかけてきているらしいその電話。
それが時々、後ろでザワザワと音がする。
「まだ仕事してるの?」
「ああ、メープルでパーティーだ。」
「そうなの?じゃあ、切るね。」
「バカ、切るなって。
オヤジたちのくだらぬぇ話に付き合わされてクタクタなんだよ。
もう少しおまえの声聞かせろ。」
そんな風に仕事で疲れてる時もあれば、
「明日は大阪に行ってくる。」
「へぇ、大阪?」
「ああ。大きな仕事が纏まりそうだから。」
そんな風に明るい声の時もあり、あたしはこの人の声からその時の感情を読み取ることに敏感になっていた。
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「もしもし。」
「俺だ。」
わかってる。携帯の画面にはいつものように『女たらし』と出ている。
「今日はいつもより早いね。」
時計を見るとまだ8時前。
すると、
「今から会えねぇか?」
と突然の誘い。
「…………無理……かな。」
「何でだよ。」
「ちょっと……」
「……わかった。」
ここで食いついてこないのもいつものこの人らしくないし、何よりその声に元気がない。
「何かあった?」
「……ずっと会ってねぇから…………。」
そう言って黙りこむ専務。
「あたし、……今、実家に来てるの。だから、」
「実家?」
「そう。」
「どこだ?おまえの実家って。」
「どこって、八王子だけど?」
「……30分で行くからそこで待ってろ。」
そう言って切れた電話。
30分で行く?どこに?まさか、ここに?
あり得ない。
実家の住所も知らないあの人がどうやって来るっていうのよ。
あり得ない、来れるはずがない。
そう思って30分。
あたしの携帯が再び鳴り出した。
画面には『女たらし』
「もしもし?」
「実家の前にいる。
おまえが出てくるか、俺が入るかどっちにする?」
「はぁ?あんた本気で言ってるの?」
「ああ。3分して出てこなければ俺が行くからな。」
「ちょっと!」
あたしが切れた電話に向かって叫んでいるのをパパとママが不思議そうに見ている。
「あっ、あのね、ちょっと外に出てくる。」
慌てて玄関から出ると、
そこには見覚えのある高級車。
あり得ない。ほんとあり得ない。
呆然と立ち尽くすあたしに、
「よっ。」
ときれいに笑うこの人。
「よっ、じゃないでしょ!
どうして?どうやって知ったのここ!」
「社員名簿」
「はぁ?」
そうだった。
会社の社員名簿には緊急連絡先として実家の住所が書いてある。
そして、この人はそれを簡単に見れる立場で…………、
「個人情報を悪用しすぎっ!」
「悪用なんてしてねーだろ。
迎えに来てやっただけだ。」
平然とそう言うこの人。
「信じられないっ。こんなとこまで来るなんて」
「意外に近いな。」
「そういう問題じゃないっ!」
と、その時、
言い合うあたしたちの後ろから、
「つくし、お客さん?」
とママの声。
「えっ?いや……」
咄嗟にあたしは自分の体で専務を隠してみたけれど、このでかい男が隠れるはずもなく、
「家に上がって貰いなさい。
どうぞ~狭いところですけど入ってください。」
とママが専務に笑いかけ、
「どうも。お言葉に甘えて。」
と、あたしを置いて家に上がろうとするこの人。
「ちょっとー!」
一人叫ぶあたしに、
ママと専務が言った。
「近所迷惑よ、つくし。」
「うるせーよ、おまえ。」

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