専務の突然職場訪問から3日後、
桜子と滋さんと三人揃って家で遅めの夕食をとっているとき、滋さんの携帯が鳴り響いた。
「ごめん、ちょっと失礼。」
そう言ってリビングにある携帯を取りに行く滋さん。
「は~い、もしもし。
ん?…………あー、いるけど?
なによ、なになに?
どんなご用件でしょうか?
……はいはい、分かったから、待ってね。
つくしー、電話!」
突然、呼ばれて滋さんの方を見ると、ニヤニヤMAXの顔。
「なに?」
「で・ん・わ。」
「だ、誰?」
「さぁー?出てみれば分かるよん。」
そう言って携帯をあたしの方に差し出す。
訳もわからず渋々携帯を受け取り、
「もしもし?」
と呟くと、
「俺だ。」
と聞き覚えのある声。
「……なんですか?」
「今、出てこれるか?」
「はい?」
「家の前まで来てる。
ちょっと出てこい。」
そう言ってプツンと切れる電話。
あたしは、携帯を滋さんに渡しながら、
「先に食べてて。」
そう伝えて玄関を出た。
大河原邸の広い庭を抜けて、門を出ると、外壁に寄り添うように立つ専務の姿。
外灯に照らされてスーツ姿が浮かび上がり、仕事帰りだと分かる。
「よっ。」
「どうしたんですか?」
「そろそろ俺に会いたくなる頃かと思って来てやった。」
こんな台詞を真面目に言ってるからこの人はこわい。
「別に会いたくなってませんけど?」
「強がるな。」
「強がってないっ。」
「可愛くねぇ女。」
人のことを呼び出しておいて、可愛くないとかあり得ない。
それなのに、台詞とは裏腹にあたしを見つめる目が恥ずかしくなるほどすごく優しい。
「携帯、今持ってるか?」
「携帯?ん、あるけど。」
訳が分からないまま、パーカーのポケットから携帯を取り出すと、
「ちょっと、貸せ。」
そう言ってあたしの手から奪っていく。
「ちょっと!」
あたしの抗議も無視して勝手にカチャカチャやりはじめたと思ったら、突然専務の胸ポケットから携帯が鳴りはじめた。
「オッケー。」
「ちょっと!何がオッケーよ。」
「発信履歴の一番上のが俺の携帯だから登録しておけよ。
おまえのも登録しておくから。」
勝手にあたしの携帯から自分の番号にかけたらしい。
満足そうに携帯をあたしに差し出しながら、
「この間のことだけどよ、考えたか?」
そう言うこの人。
「……この間のこと?」
返された携帯を奪いながら聞き返す。
「付き合おうぜ俺たち。」
「…………本気?」
「ああ、もちろん。」
あたしは、目の前にいるこの人を見つめて思う。
桜子や滋さんやF3と知り合って、何度もお嬢様やお坊っちゃまの考えてることは一般人とは違うなぁと感じたことがあったけど、この人はそれのさらに上を行く。
知り合って2ヶ月。
この人の言動を理解できたことなんてほとんどないけれど、ここまで思考回路が辿れない人ははじめてだ。
あたしたちが知り合ってこの2ヶ月。
どこをどう巡って、この人はあたしと付き合いたいなんて思ったんだろう。
そんなことを思いながらボーッとするあたしに、
専務は1歩近づいて言った。
「正直、付き合うとか付き合わねぇとか、俺自身経験がないから分かんねぇけど、とにかく、おまえのことが知りたい。
おいっ、聞いてるか?」
「……あっ、……うん。
もし……断ったら……」
「断るつもりならその理由をレポートにまとめて俺に提出しろ。」
「はぁ?」
「断る理由があるか?
俺ほど容姿も学歴も家柄も完璧な男、いねぇだろ。断る理由が見つからねぇ。」
「そういうところだと思うんだけど………。」
「とにかくっ!
…………電話したら、出ろよ。
今は声を聞くだけで我慢してやる。」
言ってることは強引で俺様なのに、その顔はクンクンとすり寄ってくる子犬のように不安げで。
「ご、ご飯でも食べてく?」
咄嗟にあたしの口から出た台詞。
それに、
「これから会食なんだ。
おまえの顔、少しでも見たかったから寄った。」
そう言って凄く嬉しそうに笑いながら、あたしの頭をクシャッと撫でた。

にほんブログ村
ランキングに参加しています。応援お願いしまーす⭐︎
コメント