「滋さん、どうしましょう?」
「もしかして、帰ってこない方が良かった?あたしたち。」
先輩のことが気になって早々に店から帰ってきた私たちの目の前に、ソファに横になる先輩と、そのソファを背に両腕を組んで寝ている道明寺さんの姿。
「桜子、どうする?」
「それ、さっきあたしが聞いたんですけど。」
「…………。
よしっ。とりあえず司を起こそう。」
先輩を起こさないよう気を遣いながら滋さんが道明寺さんの肩を叩くと、ハッした顔で目覚める。
「わりぃ、寝てた。」
「こっちこそ遅くなってごめん。
司、もう大丈夫だから帰っていいよ。」
「おう。」
そう言って立ち上がる道明寺さん。
そしてソファに寝てる先輩に目をやり、
「こいつ、どうする?」
とあたしたちに聞く。
「あー、あとで部屋に連れていくから大丈夫。」
滋さんがそう言うと、
「……俺が運んでやる。」
そう言って寝ている先輩の体を優しく抱き上げる道明寺さん。
小さな体の先輩が、長身の道明寺さんに包まれ、
そのまま先輩の部屋まで運ばれていく。
高校から数えて8年余り、道明寺さんを見てきたけれど、女の人にこういう態度を取るのをはじめてみた。
いつもは、出来るだけ近付いてくる女を排除することに専念してる彼が、自分からこういう行動を取るのは珍しい。
二十歳前まではそれなりに年頃の男の子らしく女の人と付き合ったりもしてきたけれど、いつの頃からかバカらしくなってきたと言っていた。
興味だけで体を求めても、そこに全く意味も快感もない。
あるのは、終わったあとの嫌悪感だけ。
それに気付いてからは、ずっと誰にも心惹かれず、恋愛を『しない男』に徹してきたらしい。
実際、ここ何年も道明寺さんに浮いた話は1つもない。
女性といる姿なんて見たことない。
そんな彼が、今は大事そうに先輩を抱き上げ、ゆっくりとベッドにおろしている。
「司、もう遅いから泊まっていく?」
先輩の部屋から出たところで、滋さんが道明寺さんにそう聞くと、
チラッと先輩の部屋に目を向けたあと、
「……ああ、そうさせてもらうかな。」
と言った。
先輩。
合コンなんか行ってる場合じゃないですよ。
大変なことになってますからっ。
私ははじめて見るそんな道明寺さんを見つめて、心の中で叫んだ。
朝、かすかに聞こえる話し声で目が覚めた。
ここは大河原邸。
結局、俺は昨夜ここに泊まった。
時計を見ると7時。
一度邸に戻って仕事の支度をする時間は十分ある。
一晩借りた客間を出て、リビングに向かっていると、途中にあるバスルームからこいつが出てきた。
「っ!お、おはよう……ございます。」
「おう。」
シャワーに入ったところなのか、まだ濡れた髪に、いつものラフな服装。
昨日の着飾ったこいつとは違い、いつもの見慣れた姿。
「昨日はありがとうございました。
あたしっ、昨日のこと全っ然覚えてなくてっ、
この家に付いてからのこと、全く記憶になくてっ、さっき滋さんから専務が部屋まで運んでくれたって聞いて……、ご迷惑おかけしました。」
そう言ってガバッと頭を下げるこいつ。
「覚えてねえのか?」
「は……い。」
「全部?」
「はい。」
「貸した金のことも?」
「あっ、タクシー代っ。いくらでした?」
「それは覚えてるのに、あれは忘れたのかよ。」
あれ…………俺たちのキスのこと。
「……なんでしたっけ?」
完全にシラを切るらしい。
昨日のあれは、なかったことにするつもりかこいつ。
おまえがそういう態度なら、こっちも俺なりのやり方でやらせてもらう。
ジリッと大股で1歩こいつに近付き顔を覗き込んでやりながら、
「思い出させてやろうか?」
そう言ってやる。
普通の女ならここで顔を赤くでもするだろう。
それなのに、こいつは俺のことを睨み付けて、一言言った。
「専務……仕事遅れます。」
この女はいつも俺の予想の斜め上をいく。
女らしくねぇと思ってるのに、こうやって近付くと甘い香りで俺を誘惑する。
強情で口がわりぃと思ってるのに、酔って帰ってきて、俺が待ってたことに嬉しかったなんて言いやがる。
そして、あんなに疼くようなキスをしておきながら、覚えてねぇとか嘘をつきやがる。
逃げるようにリビングに行ったあいつの後ろ姿を見つめて、久しぶりにすげー強敵が現れたなと苦笑した。

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