お昼の休憩でごった返していた社食も、やっと幾分静けさを取り戻した頃、あたしはいつものように一番奥の一番目につかない、一番すいているエレベーターで自分のオフィスへと戻ろうと↑ボタンを押した。
ゆっくりとエレベーターが下から上ってくる。
そして、目の前で開き、あたしが乗り込もうとしたその時、同時に降りようとした女性と思いきりぶつかってしまった。
「あっっ、ごめんなさいっ!」
そう言って相手の顔を見ると、なぜかその人は目を潤ませて悔しそうな表情でなにも言わず去って行ってしまった。
なんだろう…………、
そう思いながらエレベーターに乗り込むと、そこには長身の男性の姿。
自分の胸あたりをパンパンとほろいながら舌打ちするとポケットに手を入れてあたしの方を見た。
ドキッとするほど……イケメン。
けど、その人のワイシャツの胸あたりには、さっきの女の人の口紅だと思うピンクの痕が付いていて、鈍感なあたしにでも分かる。
会社のエレベーターの中で何してるのよっ。
そういうことは帰ってからしなさいよっ。
そう思いながらエレベーターに乗り込み、オフィスのある階のボタンを押しながら考える。
喧嘩しちゃったのかな。
別れ話かな。
あの女の人、泣きそうだった。
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牧野つくし、24歳。
超がつくほどの一般家庭に生まれたあたしが、パパとママの策略により大学を英徳大学へ進んだあたりから、あたしの人生は大きく変わりだした。
ママたちの策略には乗らず、大学で御曹司をゲットすることもなく、代わりにゲットしたのは親友とも呼べる彼女たち。
「ただいまー。」
「おかえり~、つくし。」
「おかえりなさい、先輩。」
「なに?二人とも早かったね。」
「暑いから帰って来ました。」
「暑いからってあんた……。まぁ、いっか。
ごはんは?もう食べた?」
「まだぁー。つくしを待ってたの。」
「何食べたい?」
あたしの親友、それは大学で知り合った滋さんと桜子。
二人とも大財閥のご令嬢。
そんな二人がなぜかあたしの親友になり、今では3人で一軒家を借りて一緒に暮らす仲。
一軒家といってもそこらの物件とは話が違う。
大河原家のお祖父様が昔住んでいたという都内の大豪邸を新たに改築したもので、見た目も去ることながら内装もどこかの宮殿かっ!と突っ込みをいれたくなるほどのもの。
いくら親友だからと言って、あたしがそんなところに住まわせて貰う理由などなく、何度もお断りしたのに、最後には滋さんと桜子のご両親からも、『お願いだから一緒に暮らして。』
と頼まれたから仕方がない。
なんせ、滋さんは昔から自由奔放なお嬢様。
遊びも仕事も恋愛ものめり込んだら一筋。
そんな彼女の希望は、
『独り暮らしがしてみたい』だったけれど、
親が許すはずがない。
桜子も同じようなもの。
完璧な美貌を維持するために突き進む彼女は今では美容業界のカリスマバイヤー。
ハードな仕事で自分の健康を維持することも大変なのに、過度の食事制限で一時期体調を崩した。
そんな彼女を見て、滋さんのご両親同様、あたしに泣きついてきた。
なぜなら、あたしの仕事は管理栄養士。
職場は有名な大財閥。
そこの社食のメニューを考案、管理することや、
従業員の食事に関するカウンセリグなどを行うため、オフィスを与えられ勤めている。
こんな大財閥に就職することが出来たのも、普通なら出会うこともなかった滋さんや桜子と一緒に暮らすことが出来たのも、すべて英徳大学に通ったおかげ。
その点は両親に感謝してる。
いつものようにあたしが作った夕食を食べながら滋さんが言った。
「そういえば、来週の土曜日だけど、二人とも空いてる?」
「あたしは空いてるけど、桜子は?」
「理由によっては空けますけど。」
「NYから友達が帰ってきたの。
帰国祝いをしようと思うんだけど、ここでしてもいい?」
友達?
そう聞こうとしたあたしの言葉を遮って、
「もちろん、いいですよ。」
と桜子が即答。
「桜子、返事早すぎ。」
あたしがそうからかうと、
「だって、会いたいですもん、道明寺さんに。」
と綺麗に笑った。
「道明寺さん?」
「そう、道明寺司。」
滋さんが答える。
「それって、もしかして、」
「うん、つくしの会社のドラ息子。
高校卒業してNYで修行してたけど、先月から日本で専務として就任したの。」
そんな話は聞いていた。
ミーハーな社食のおばさんたちや、同僚たちもイケメン御曹司が帰ってきたと噂していた。
「もともと類くんたちとは幼馴染みで、昔から顔見知りなの。
帰国祝いをしてあげたいと思ってたんだけど、なかなかみんなの都合が合わなくて。
それに、どこかの店でやるって言っても、F4が揃うと目立ってしょーがないから。」
そう言って笑う滋さん。
このときあたしはまだ知らなかった。
あたしの人生はまだまだ大きく変わっていくことを。

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