半年後……
「ねぇ、招待状、持った?」
マンションを出て道明寺の車に乗り込むところで、もう一度忘れ物がないかをチェックするあたしに、
「ああ、おまえの分も持ったぞ。」
と、ハガキサイズの2枚の招待状をヒラヒラとみせる道明寺。
助手席に乗り込んだあたしは、車が動き出すのと同時に、
その招待状に再び目を通す。
それは、結婚式の招待状だ。
そう、今日はあたしたちの親友である滋さんの結婚式。
滋さんの意向もあり、メープルホテルのチャペルで式を挙げ、そのあと披露宴はガーデンパーティが開かれる。
1ヶ月前に道明寺ホールディングスを寿退社した滋さん。
結婚式には、あたしを含め会社の同僚やお世話になった上司を招待してくれている。
滋さんの綺麗なドレス姿が見れる…と、朝からウキウキしているあたしとは対照的に、運転席の道明寺は不貞腐れている。
なぜなら…
「俺も会社枠で座りてぇ。」
「しょうがないでしょ。あんたはセレブ枠なの。」
事前に滋さんに聞いたところによると、披露宴の席はあたしは会社の同僚たちと会社枠のテーブルに座る予定になっているけれど、道明寺はお母様やお姉さんと一緒に、滋さんのご両親の知り合い枠であるセレブたちが集まる席に座る事になっているらしい。
「式の間、2時間も地獄だな。」
「食べて飲んでしてたら、あっという間よ。」
「そんなに食えるかよ、おまえみたいに。」
「失礼なっ!でも、食事も楽しみぃー!」
メープルホテルの披露宴で出される食事は、一度は食べて見たいと噂になる程素敵なのだ。
これは、披露宴にお呼ばれした事がある人にしか分からない。
それを今日あたしは経験できるとあって、朝ごはんはもちろんしっかり抜いてきた。
「分かった分かった。思う存分、たらふく食え。」
そう言って呆れながらあたしの頭を優しく撫でる道明寺は、
「せっかく、同じ式に出てるのに、おまえと離れ離れじゃん。」
と、小さく愚痴る所がキュンとする。
だから、久しぶりに甘えてあげる。
「道明寺、式が終わったら、どこかに連れていってくれる?」
「あ?」
「だって、せっかくお洒落したから、そのまま帰るのは勿体無いし。」
今日のあたしは、道明寺がプレゼントしてくれたレースが綺麗なピンクのドレス。
シンプルなデザインだけど、所々にスワロフスキーのビーズがひかり、上品すぎる。
「オーケー。どこに行くかは考えておく。
飲み過ぎんなよ、おまえが誘ったんだから、今日一日俺に付き合えよ。」
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結婚式は、もう涙腺が崩壊したかと思うくらい、とめどなく涙が溢れ、感動的だった。
滋さんの幸せそうな笑顔。
そして、両家のご両親も手を取り合って喜んでいる姿は見ているこっちまで胸が熱くなる。
いい結婚式だなぁ……、しみじみとそう思うと同時に、
自然と自分の事と照らし合わせてしまう。
道明寺との交際も一年を過ぎた。
道明寺も結婚しようと言ってくれているし、あたしの心の中でも結婚相手は道明寺しかいないと思っている。
けれど、相手は道明寺ホールディングスの一人息子で次期社長だ。
あたしなんかが結婚できる相手では無いことも分かっている。
お母様とはお会いした事はあるけれど、きっといい印象は持ってもらえなかっただろう。
誕生日なのにプレゼントの一つも用意していなかったし、緊張して気の利いた会話も出来なかった。
はぁーーーー、
あたしも、いつか、あんな風に、
滋さんのように幸せな結婚が出来るのだろうか……。
そんな事を思っていると、司会者から
滋さん達がドレスチェンジのため一度会場から下がるので、
「その間、デザートビュッフェをお楽しみください」とアナウンスがあった。
あたしも同僚達と席を立ちビュッフェの方へ向かう。
あまり飲みすぎるなと道明寺からは言われているため、ワインはほんの少ししか口をつけなかった。
だから、デザートくらいは好きなだけ食べてもいいよね?と自問しながら小さなケーキをいくつかお皿に盛る。
すると、同じようにデザートビュッフェを取りに来ていた女性達の会話が耳に入ってきた。
「ねぇ、あそこに居るのって、道明寺さんでしょ?」
「そう!さっきすれ違ったけど、すっごく素敵だったぁ。」
道明寺という名前が聞こえ、あたしの胸がどきりと鳴る。
咄嗟に道明寺の方に視線を向けると、仕事関係の人だろうか、数人と立ち話をしているのが見えた。
「道明寺さんって独身よね?」
「今日の席も隣にお母様が座っていらしたから、結婚はまだよ。
私、パパにお願いして、後で紹介してもらう事にしてるの。」
「ちょっとー、ズルい!」
「だって、こんな時しかチャンスは無いでしょ。
道明寺さんって、パーティーに来てもすぐに帰っちゃうのよ。
なかなか話す機会もなくて、今度会ったら絶対に私のこと道明寺さんに紹介してってパパに頼んであったの。
今日は連絡先だけでも交換して、後日2人でゆっくり会う時間を作ってもらえたらなぁー。」
そんな風に話す女性たちは、きっといい所のお嬢様たちなのだろう。
指に収まる大きなリングや足元のアンクレットを見れば、全身にお金をかけたセレブだという事が一目でわかる。
道明寺の住む世界はきっとこういう女性たちで溢れているのだろう。
それに比べてあたしは……、
と、下を向きそうになった時、
「牧野さん。」
と、急に後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには道明寺のお母様が立っていた。
「あっ、こんにちは。」
驚いて、咄嗟に頭を90度にさげる。
「道明寺楓です。お久しぶりね。」
と、わざわざフルネームで挨拶するお母様。
その言葉にさっきの女性たちはもちろん、近くにいた人たちが一斉にこちらの方に視線を向けるのが分かった。
「すてきなドレスね。」
お母様があたしのドレスを見てそういう。
「あっ、これは……、」
道明寺からのプレゼントです…とは、この状況で言えるはずもない。
それなのに、お母様はなんの迷いもなく聞いてくる。
「司からのプレゼントかしら?」
「…はい。」
一瞬にして周囲の空気が変わったような気がした。
女性たちがあたしを見て、
「あんたは誰?」という視線をぶつけてくる。
と、その時、さっきまで話していた女性の側に年配の男性が並んだ。
「パパっ。」
女性にそう呼ばれた男性は、道明寺のお母様に笑いかけながら言った。
「ご無沙汰しております道明寺さん。
先日の後援会パーティーにはご足労頂きありがとうございました。」
その言葉で、政治に疎いあたしでもピンと来た。
そうだ、この人は若手の政治家だ。
「これは、私の娘でして今年大学を卒業して◯◯で働いています。」
自分の娘を早速アピールする。
ここはあたしの居る場所では無い…そう思い、あたしはケーキ皿を持ちながら自分の席に戻ろうとしたその時、
絶妙なタイミングでこの男はやってくる。
「その量、一人で食う気かよ。」
振り向くと、あたしのお皿を眺めながらそう言う道明寺が立っている。
言われて気付いた。
女性たちのやり取りに気を取られて、目の前にあるケーキを次々とお皿に取ってしまっていたあたし。
いくら小さいケーキとはいえ、かぞえてみると7個もある!
「あっ、えっ、違う違う!
間違えて取っちゃったの!」
「違えて、ケーキを7個も取る奴なんて聞いたことねーけど。」
笑いを噛み殺しながらそう言う道明寺に、反撃する言葉もなく黙るあたし。
すると、お母様が道明寺に言った。
「司、こちら澤井議員とお嬢様。
お世話になっているので、ご挨拶して頂戴。」
道明寺が2人を見て、丁寧に頭を下げる。
すると、議員が道明寺と自分の娘を交互に見比べて言った。
「いやっ、想像した通りだな。
司くんと娘は2人で並んだら、間違いなくお似合いだ。」
そう言って、一人で空笑いをする議員に、道明寺が何かを言いかけた時、
お母様がそれを制して言った。
「澤井議員、申し訳ありませんが、司には……、」
そこまで言った時、パーティー会場に司会者の声が響いた。
『これより、主役のお二人によるブーケトスが行われます!
女性のゲストの方は前の方にお集まりくださ〜い!』
ドレスチェンジをした2人が拍手を浴びながら会場に姿を表した。
淡いブルーのドレスに着替えた滋さん。
それと同じ色で作られた華やかなブーケを両手に持っている。
滋さんの前には若い女性のゲストたちが続々と集まり出した。
おまえは?と目であたしを見てくる道明寺に、
あたしは両手にケーキ皿を持ちながら首を振る。
『それでは新婦の滋さん、後ろを向いてブーケを投げてくださ〜い』
司会者からのその声に、
なぜか滋さんは動かずにキョロキョロと辺りを見回している。
そして、あたしと視線が絡んだ瞬間、
「つくしーーーーっ!」
と、大きく叫び出したのだ。
ギョッとしたあたしに向かって滋さんは言った。
「ちゃんと、受け取りなさいよーっ!」
高々とブーケを持ち上げ、後ろを見ることもなく、あたしの方に目掛けて思いっきりブーケを飛ばしてきた。
咄嗟のことで、動きが遅れたばかりでなく、
両手はお皿で塞がっている。
投げられたブーケを取る事は不可能だと思った瞬間、
そのブーケはある人の手の中に収まっていた。
それは、
お母様………。
その場にいた誰もが硬直し、司会者までもが、
「あー、えっーと、」
と、言葉を失っていたけれど、
受け取った当の本人は、相変わらず顔色変えず冷静で、
そのブーケを眺めながら言った。
「さすがにあたしが貰うには年齢が行き過ぎているわよね。
だから、」
そう言って、
あたしと道明寺がいる方へ向き直り、初めて見る笑顔で言った。
「牧野さんにあげるわ。
次に結婚するのはあなた達だもの。」
その言葉に、あたし達だけじゃなく、周囲の人たちも息を呑む。
そして、固まっているあたしの手からお皿を奪い取り、テーブルに置いた道明寺は、
あたしの耳もとでこう囁いた。
「この後行くところはもう決めたからな。
婚姻届、出しに行くぞ。」
イツモトナリデ FIN
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