イツモトナリデ 32

イツモトナリデ

大河原滋さんの婚約パーティーが開かれたその日の夜、私は書斎に息子を呼び出した。

「なんだよ。」
相変わらず、会社以外では横柄な態度の司に、私はソファを指差して座れと合図する。

そして、私も正面に座り手帳を開きながら言った。
「今月、夜空いてる日はあるかしら?」

「あ?仕事か?」

「食事に行きましょう。」

「また会食かよ。今度はどこの会社だ?」

面倒臭そうにそう聞く司に、私は淡々と答えた。
「日程はあなた達に任せるわ。
牧野さんと相談して決めて頂戴。」

「……。」
狐につままれたような表情で私の顔をじっと見つめたままの司に、

「嫌なら結構よ。」
と、手帳をパタンと閉じて言ってやる。

すると、慌てて、
「いやっ、決めるっ!あいつと相談して決めるから待ってくれ。」
と、言った後、

「それって、牧野を紹介しろって事でいーんだよな?」
と、身を乗り出して聞いてくる。

「そうね。あなたがどうしても結婚したいと言っている相手がどんな女性なのか見ておく必要はあると思って。
でも、勘違いしないで頂戴。
私はまだ結婚を許した訳でもないし、ただ会うと…、」

そこまで言った私の言葉を遮るように司が言う。

「分かってる。
その席を設けてくれるって事だけで十分だ。
サンキュー。」

息子からの感謝の言葉。
もう何年もそんな言葉は聞いたことが無い、いや私が覚えている記憶では初めてかもしれない。

「都合のいい日が決まったら教える。」
そう言って立ち上がる司に、久々に母親としての温かい気持ちが込み上げた。




司が指定した日は、知ってか知らずか、どちらかは分からないけれど、
私の誕生日だった。

この歳になれば、誕生日を祝う行事はほとんど皆無。
唯一、椿とタマだけは、忘れずに私にささやかなプレゼントをくれる。

司との待ち合わせは、19時。
時間ちょうどに行きつけのレストランへ入ると、もう奥のテーブル席には2人が並んで座っていた。

「お待たせしたわね。」

私がそう言って近付くと、司の隣に座っていた小柄な女性が立ち上がり言った。

「はじめまして、牧野つくしと申します。」

秘書に調べさせた調査書、そこにあった写真よりも幼く見える彼女。
表情からも緊張しているのが見える。

料理が運ばれてきて食べている間も、話の話題と言えば仕事の事しかない。
道明寺ホールディングスに入った経緯や今担当している案件について…。
まるで面接をしているかのよう。

正直、話してみると、少しガッカリした。
司にはもっと強いタイプの女性がいいと思っていたからだ。

わがままで横暴な息子には椿のような強くて芯があり、グイグイ引っ張っていってくれるようなパートナーが必要だ。
そして、将来の嫁としても、そんな女性が理想なのだ。

彼女に会うまでは、漠然と、司もそういう女性を選ぶだろうと思っていたけれど、実際はあまり特徴のないというか、インパクトのない、
みんなが褒めるような要素を私には見つけることができなかった。

料理が全て運ばれ、あとはデザートのみとなった時、
突然店内の灯りが消され、キャンドルだけが淡く灯り始めた。

何事か?
そう思った瞬間、ワゴンに乗せられて私たちのテーブル席へケーキが運ばれてきたのだ。

レストランの支配人が私ににっこり微笑みながら言う。
「楓様、お誕生日おめでとうございます。」

「…ありがとう。」
突然のサプライズに動揺する私。

「お嬢様から、今日がお誕生日だとお聞きしておりましたので、ささやかですがご用意させて頂きました。」

そう話す支配人の手には、赤いソースが散りばめられたイチゴのケーキと、それと同じ色の真っ赤なバラの花束。

今日、ここのレストランで食事をすると言う事は椿にも話していた。
だから、支配人に頼んで用意させたのだろう。

私だけでなく、司と牧野さんにも同じケーキが運ばれ、一気に華やかな席になった。

幸せな気持ちに浸る私に、牧野さんが
「今日、お誕生日だったのですね。私全然知らなくて…」
と、申し訳なさそうにそう話す。

彼女に罪はない。
ただ、食事をする日を今日に選んだ事に、少しだけ息子に期待していた自分がいたのも確かだ。

「いいのよ、自分でさえ誕生日だったなんて忘れてたんですから。」
そう言って、ケーキを口にすると、

「道明寺は知ってたの?」
と、小声で司にそう聞く彼女。

「いや。」

「いやって、母親の誕生日を忘れる息子なんていないでしょ!」
と、司を睨む。

「誕生日なんて祝ったやった事ねーし。」

「そう言う事は威張って言わないっ。」

「俺の誕生日だって、ババァは知らねーと思うぞ。」

「だから、ババァって言い方やめなさいよっ。」

「イッテェ、こういう席で殴るか?普通。」
その司の言葉に、ハッとして

「あっ、ごめん!」
と言った後、
「すみません、ちょっと手があたっちゃって!」

と、恥ずかしそうに私に弁解する彼女。
それをクスッと楽しそうに司が笑って見ている。

「アイスが溶けるわよ。」
ケーキの横に添えられたアイスを一口くちに入れながら、2人に向かってそう言うと、

彼女も口に入れて、
「おいしぃー。」と目を細める。

その姿は、さっきまで緊張してガチガチだった時とは違う印象だ。

「甘っ!」

「ん?そう?」

「おまえにやる。」

「って、そんなに大きいの口に入らないってば!」

司がアイスを大きなデザートスプーンに乗せて彼女の口の前に運ぶ。
すると、その手が揺れてスプーンからアイスがこぼれ落ち、牧野さんの紅茶のカップにポトンと入り、その雫が彼女の頬にも飛んだ。

「あっ!」

「ヤベっ。」

「ヤベじゃないっつーの!」

睨む牧野さんの頬を、司が慌ててナプキンで拭ってあげる。

「綺麗になったぞ。」

「そう言う問題じゃないから。」
小さな握り拳を作ってみせる彼女の、その手を司がすっぽりと包み込み、

「ここは殴ってもいい場所じゃねーからな。」
と、笑ってみせる。

どうやら、2人の関係性は第一印象とは異なるのかもしれない。
どこまでいっても俺様気取りの司が、牧野さんに対しては優しく甘い。
そして、気弱で印象の薄いと感じた彼女も、司をうまくコントロールして尻に敷いている感じだ。

「ババァ、何歳になった?」

「その呼び方、やめなさいって彼女にも言われてたわよね。」

「お母様、何歳になられました?」
わざと馬鹿丁寧に言い直す司に、

「女性に歳は聞かないで頂戴。」
と、ピシャリと言い返す。

クスッと笑う司。
その顔は、親の私でも見惚れるぐらい綺麗で、
そして、幸せそうで、
息子の初めてみるそんな笑顔が

最高の誕生日プレゼントとなった。

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