滋さんと道明寺が帰ってから二時間後、あたしの携帯が鳴った。
てっきり「後で電話する。」と言っていた道明寺からだと思ったのに、画面には滋さんの文字
「もしもし。」
「つくし〜、さっきはお邪魔虫でごめんね〜。」
相変わらず滋さんの声は明るい。
けれど、無理してるのはバレバレだ。
「滋さん、…大丈夫?」
「フフ…んー、なんとかね。」
「道明寺とは話したの?」
「ごめんね、せっかく2人で過ごす予定だったのに。」
「そんな事、気にしないでよ。
彼と別れたって本当なの?」
滋さんには長年付き合っている彼がいる。
確か、日系アメリカ人でNYに住んでいるはずだ。
5年ほど前に仕事で知り合って、その後何度かデートをした後、滋さんから付き合って欲しいと告白した。
遠距離でもうまくいっているとばかり思っていたのに、まさか別れたなんてあたしも道明寺も寝耳に水だった。
道明寺はNYで何度か滋さんの彼と顔を合わせたことがあるらしい。
長身のイケメンで滋には勿体ねぇ、と珍しく誉めていたのを覚えている。
だから、さっきあたしの部屋から帰っていく滋さんを、あたしじゃなく道明寺が追って話を聞いた方がいいと思い、あたしは道明寺にその役をお願いした。
「付き合ってもうすぐ5年。
将来について考えた時に、今が分岐点なのかなぁと思ったのよ。」
「分岐点?」
「そう。
彼には進む道があって、それはあたしの進むレールとは違うって事。」
「……。
滋さんはそれでいーの?彼の事、愛してたよね?」
「…愛かぁー。愛ってなんだろう。」
ぼそっとそう呟いた滋さん。
その声が、あたしには泣いているように聞こえた。
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滋さんとの電話を切った後、しばらくして今度は道明寺から着信があった。
「滋から電話来たか?」
「うん。」
「なんて言ってた?」
「…泣いてた。」
「泣いてた?あいつが?」
「泣いてたように、聞こえた。」
本当に滋さんが泣いていたかは分からない。
けれど、あの声からは、心を痛めているのは間違いないはず。
「…ったく、タイミング悪りぃよな。」
「ん?」
「せっかく、あいつの前でイチャついてやろうと思ってたのによ。」
「殺されるよ。」
「ぷっ…だな。
しょーがねぇけど、滋が元気になるまで見守ってやるしかねーか。あいつには散々世話になってるし。」
あたしたち3人の関係はいつも滋さんの明るさで成り立っていた。部屋に誘ってくれて、バカ話をして、いつもあたしたちの愚痴を笑いながら聞いてくれた滋さん。
今度はあたしたちがそうする番だということは、口に出さなくても道明寺も分かっているはず。
「今週末、久しぶりに3人で呑みに行こうか。
気分転換に、お洒落なお店で食事でもして、そのあとゆっくり話せる場所に移動でもする?」
「ああ。メープルのバーに電話しておく。」
そんな会話をした5日後の金曜日、
オフィスで仕事をしていると、急に周囲が軽く騒めき出した。
なに?と思いながら顔を上げると、
道明寺がうちの課に入ってきて、真っ直ぐにあたしに近づいて来る。
時計は3時半。
休憩時間でもないこんな時に、ほとんど仕事で接点のない道明寺が現れるのは激レアで、周囲が目を泳がせている。
そんな周りの目も気にせずあたしに近付いてきた道明寺は、あたしの耳元で呟いた。
「滋が居なくなった。」
「……は?」
その言葉の意味が全く理解できない。
そんなあたしに、道明寺は今度はまっすぐ目を見て言った。
「滋が昨日から会社を休んでる。
今日の朝、職場に電話がきてしばらく休ませて欲しいって言ってきたらしい。」
「…しばらくって?」
「分かんねぇ。携帯に連絡しても繋がらねーし。」
あたしも急いで携帯を操作して滋さんにかけてみる。
道明寺が言うように、繋がらない。
「牧野、何も聞いてねーよな?」
「…うん、聞いてない。」
「あいつ、おかしな事考えてねーといいけど。」
滋さんに限ってそんな事はないと思う。
けど、
あの時の、泣きそうな声。
それが今になって耳に残る。
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コメント
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