このご時世、就職はそう簡単に決まるものじゃない。
いくつかの企業に履歴書を出し、今のところ四社の筆記試験を受けた。
そして、そのうち一社は不合格。
二社は面接まで進み結果待ち。
そして、残り一社は道明寺HD。
一次面接は通過したとこの間書類が送られてきたけれど、そのあと何も音沙汰がない。
もう二次面接の案内が来てもいい頃なのに。
そう思ってヤキモキしていたところに、
あたしの携帯がなった。
「もしもし。」
「牧野さんでしょうか。」
「はい。」
「わたくし、道明寺HDの、」
咄嗟に面接の日時を知らせる連絡だと勘違いしたあたしは、近くにあるボールペンとメモ用紙を慌てて用意した時、その電話の相手が思いがけないことを言った。
「明日の7時、道明寺邸に来ていただけますでしょうか。」
「……え?」
「奥さまがお待ちです。」
その言葉に、電話の主が誰なのか分かった。
「……西田さんですか?」
「はい、ご無沙汰しておりました、牧野さん。」
「あのぉー、道明寺邸にって、」
「はい。
明日、来ていただければ分かります。
…………大丈夫ですよ。お待ちしております。」
そう言って切れた電話を眺めながら、少しだけあたしの手が震えた。
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約束の時間に道明寺邸を訪れると、タマさんが出迎えてくれた。
「つくし、…………大丈夫かい?」
「はい。」
「まったく、こんな時に限って坊っちゃんは出張なんだから。」
道明寺は先週から出張に行っている。
こんなときに限って……、でもこんなときだからこそ呼ばれたんだと自覚してるあたしは、強ばる顔をグニュグニュと手でほぐし、無理矢理笑顔を作って言った。
「面接、行ってきます!」
道明寺邸には何度も来ているけれど、この道明寺のお母さんの書斎に入るのは初めて。
ノックのあと、「失礼します。」
と、声をかけて中に入る。
書斎のデスクに座る圧倒的なオーラを持つ楓氏。
「どうぞ、かけて。」
いつも通りなんの抑揚もない声で言われたあたしは、ソファに腰を下ろした。
「単刀直入に聞くわ。
道明寺HDの入社試験を受けたそうね。」
「はい。」
「あなたの狙いは何?」
狙いは……と、聞かれても。
入社試験用に各社の志望動機は用意していたけれど、それでいいのか?
「えーと、御社の……、」
とりあえず道明寺HD用に作成した面接マニュアルを思い出して言ってみる。
すると、目の前の楓氏が「フッ……」と、鼻をならして笑った。
「相変わらずね、あなたは。」
「はい?」
「私を目の前にして動揺しないのはあなたくらいね。」
いえいえ、完全に動揺してますからっ、
そう思ったけれど、なんとか口に出すのは免れた。
「あなたがどんな真意でうちの会社に入りたいと思っているか聞いておきたかったの。」
まっすぐにあたしを見つめてそう言う楓氏が、なぜかあたしは道明寺HDの社長としてではなく、道明寺のお母さんとして聞いているように思えて、姿勢を正した。
「志望動機はさっき話した通りです。
ですが、……もう1つ私には道明寺HDに入りたい理由があります。
それは、……道明寺司がいるからです。
あいつ、前にあたしに言ったんです。
将来の選択肢があるあたしが羨ましいって。
でも、よく考えたらあたしには選択肢なんてないんです。」
「どういう意味かしら?」
「あたしは未来を想像するとき、必ずそこに道明寺がいます。
道明寺のそばで、道明寺のために、何が出来るかって。
だから、あたしには選択肢はありません。
道明寺HDに入って、どんな小さな仕事でも道明寺のために働きたい。
…………でも、受かったらの話ですけどね。」
最後は情けないほど自信のない声になった。
「フッ……受かる自信はないのかしら?」
「……ええ、それが全く。」
「あはっ、あはははは。
あなたらしいわね。」
初めて見た。
道明寺がいつも言う『ババァ』が、それはそれは楽しそうに笑ってる。
「あのぉー、これは面接なんでしょうか?」
「ええ、そうね。個人面接よ。
でも、合否には全く関係ないわ。」
「え?」
「新入社員の人選は人事部に任せています。
私が直接口出すことはないし、司が口利きしてもダメよ。
だから、あなたが道明寺に入社出来るかどうかはあなた次第。」
「……じゃあ、これはなんのために……」
「そうね、強いて言えば…………、
道明寺の嫁に相応しいかどうかの面接かしら、
あははははー。」
いつもの表情のない顔も怖いけど、
楽しそうに笑う楓氏はもっと怖いと思った。
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コメント
楓さん、笑う
イメージが出来ない~~