何だかんだと押し問答の末、あたしの部屋に上がり込んだ道明寺は、
「わりぃ、水一杯もらう。」
と、すぐに冷蔵庫へと直行する。
「もしかして、本気で具合悪い?」
「だから、さっきから具合わりぃって言ってるだろ。」
「酔ったの?」
「ああ、疲れが溜まってたから酔いが回った。
吐くほどでもねーから気にすんな。」
あたしが入れてあげた水を一気に2杯も飲んで大きく息を吐いたあと、リビングへと移動した道明寺は、部屋の中をキョロキョロと眺めている。
「類も来てねぇんだって?ここに。」
「……まぁ、ね。」
「俺が初めてか?」
そう言ってソファに座りながらなぜか嬉しそうな道明寺に、あたしは少し迷いながらもここ最近思っていたことをぶつける。
「ねぇ、……あたし、あんたが何を考えてんのか全然分からないんだけど。
だって、今まではバイト先に迎えに来ることなんてなかったし、送ってくれても部屋に上がるなんてしなかったでしょ。」
「付き合ってるんだからいいだろ、それぐらい。」
「付き合ってたのは以前で、今は付き合ってないの。
どう考えても逆でしょ。
…………あんたが前みたくクールに接してくれないと、……あたしの方まで混乱する。」
以前は送ってくれてもマンションの前で『じゃあな。』と別れて、部屋に入りたいなんて言ったこともなかったクールな道明寺。
そんなこいつに慣れていたあたしは、最近の道明寺の態度に混乱する。
「クールに見せてただけだ。」
「え?」
「ババァに言われたんだよ。
俺がおまえに本気になればなるほどおまえを苦しめるって。」
「……どういう意味?」
「まぁ、簡単に言えば、
おまえを将来ババァみたく道明寺の家に縛り付けて、身動き出来ねぇようにしてもいいのかって。」
「よく分かんないけど……、あたしが道明寺の家に縛られる?」
「ああ、結婚したらおまえも、」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!!
結婚っ?!結婚ってどこからそんな、」
慌てるあたしに、道明寺はため息を付きながら呟く。
「やっぱそうだろ?」
「はぁ?」
「おまえの反応はそうだと分かってたけどよ、俺はおまえとのこと、そこまで考えてんだよ。
どうしたって俺はおまえしか女として見れねぇし、付き合うならいずれ結婚してぇと思ってる。」
「…………。」
「全然クールになんて出来ねぇから苦労したんだぞっ。
おまえさ、帰り際『部屋に寄ってく?』って聞くから少しは期待して上がってみれば、弟が遊びに来てるからなんて言い出すしよ、
邸に来てもタマになついて二人きりになるチャンスもねぇーしよ。
警戒心ゼロの女に欲望丸出しの男が襲いかかるわけにいかねーから、俺の苦肉の策はなるべくおまえと二人きりにならねぇことにしたんだよ。」
「なによそれ。
あんた……もしかして、約束すっぽかしたのも、」
「すっぽかしたのはあの合コンの時だけだよな?
あとは、すっぽかしたんじゃなくて、約束を変えただけだろ。」
確かに正確に言えばすっぽかされたんじゃなくて、二人での約束だったところを、大勢に変更になっただけ……だったかもしれない。
二人で行くはずだったテーマパークのナイトショーも、約束の時間に迎えに着たのは美作さんで結局はF4と優紀も合流してデートなんて雰囲気は吹っ飛んだ。
泊まりがけで連れていってくれる予定だったスキーも、結局はみんなでドンチャン騒ぎ。
完全にすっぽかされたのは、あの合コンの時と、邸に迎えにいって道明寺のお母さんに鉢合わせしたあのときぐらい。それを思い出して、
「この間は完全に忘れてたでしょ!
あたしが邸に迎えにいったら寝てたし、あたしのこと見て、『やべぇ、忘れてた』って、」
「あれはっ、おまえとの約束を忘れてたんじゃなくて、寝る前にアラームセットしとくの忘れてたんだよ。
前の晩に取引先のジジィたちに付き合わされてすげー飲まされたから、セットして寝るの忘れて。」
そこまで言った道明寺は、ソファから立ち上がり床に座ってるあたしの横に座り直し、
「牧野、」
と、呟く。
「何を言っても言い訳にしかなんねぇからやめだ。
けどな、俺はおまえが好きだ。
この気持ちは1度もブレたことなんてねぇよ。
おまえときちんとやり直したい。
でも、前みたいな付き合いはごめんだ。
もう、クールになんて出来そうもねーし、おまえに温度差がどうのこうの、もう言わせねぇ。」
あまりに予想もしなかったことを次々と言われ、あたしの気持ちはさっき以上に混乱してる。
一度目も二度目もあたしの一人相撲だと思い込んでた道明寺との付き合いは、今振り替えれば、さっき道明寺が言っていたようにあたしの方から逃げていたこともかなりあったかもしれない。
道明寺邸のソファに押し倒された時も驚いて咄嗟に逃げ出したり、鍋が食べたいと道明寺がマンションに来たときも、大勢の方が美味しいと理由をつけてF3も呼んだり。
たぶん、あたしは道明寺の強くて、熱っぽい視線に堪えれなかったんだと思う。
なんとなくそういう雰囲気になって、もしかしてその先を……と考えただけでも臆病で……。
「類から聞いた。
他の男と迷ってるのか?」
『やり直したい』と、俺様口調で言っておきながら、バカみたいに不安そうにそう聞いてくる道明寺に、あたしは首を振って答える。
「牧野、もう一度俺を信じろ。」
「……また同じことしたら?」
「そのときはおまえの得意技でボコボコにしてもいいぞ。おとなしくヤられてやる。
その代わり……、おまえも俺から逃げるな。」
「逃げる?どういう意味……」
その先は言わせて貰えなかった。
グイッと引き寄せられたかと思ったら、あっという間に唇に温かい感触が。
チュッと軽く触れるだけのファーストキスとは比べ物にならないほどの熱さ。
「……んー、……んーんー、」
「プッ……キスされてるときまで文句かよおまえは。」
「ちょっ!だって、あんた突然すぎるっ。」
「クールにするのはやめたって言ったろ?
それに、逃げるのも禁止。」
「ちょっと、そんなの、……んっ、……クチュ」
「付き合ってんだからいいだろ。」
三度目の正直。
あたしたちはやっぱり、離れられそうにない。
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