「そろそろあたし行くね。」
「うん、牧野またね。」
30分ほどで席を立ち帰ると言う牧野に、類もあっさりまたねと手をふる。
呆気に取られながら牧野が店を出ていくのを見て、
「おいっ、類。またねじゃねーよ。
なんで送っていかねぇんだよ。」
と、怒鳴ってやると、
「送るって言ってもいつも断るんだよ牧野。
たぶん、引越したところ知られたくないんじゃないのかな。」
と、呑気に言いやがる。
「あ?だからって、こんな遅い時間に一人で帰すのかよっ。」
「うん。」
「うん。じゃねーだろ!」
「もう、うるさいなー。
心配なら司が送ってあげたら?」
心配ならって……………………、
「んあ゛ーーーーっ、類覚えてろよおまえっ!」
俺はそう言い残してコートをひっ掴むと慌てて店を出た。
俺がこの8ヶ月、どんな思いで過ごしたと思ってんだよっ。
吹っ切ろう、忘れよう、そう思って調べればすぐ分かる牧野のマンションも調べず、バイト先にも行かなかった。
それなのに…………
店を出て左右を見るが、牧野の姿はもういない。
ここから一番近い地下鉄の駅……。
頭をフル回転させ走り出す。
すると、数十メートル走ったところで、通り過ぎたコンビニの店内に牧野の姿を見つけ、急いで引き返す。
息も切れ切れに、コンビニに入るとちょうど出口へと向かってきたこいつ。
「っ道明寺?!」
「……ハァ、ハァ、ちょっと待て。」
店から出ようとしてた牧野の腕を掴み、俺は店内の奥に進むと、棚からペットボトルの水を2つ掴みそのままレジへと向かう。金を払い1つを牧野へ渡すと、
「へ?ありがと。」
と、戸惑いながらも受け取るこいつに、
「行くぞ。」
そう言って店を出た。
牧野のマンションを知らない俺は、店を出て「どっちだ?」と牧野に聞くと、
一瞬考えたあと、
「こっち?」
と、なぜか疑問系。
こいつのそういうとこがむちゃくちゃ堪んなくて、すげー久々に胸が痛いくらい鳴り響いてて、落ち着けと自分に言い聞かせながら水を飲む。
「引越したんだってな?」
「うん。」
「どの辺だ?」
「んー、利便性のいいところ。」
「フッ……答えになってねーだろ。」
「フフ……。」
類にも教えてない住所は俺にも教えるつもりはないらしい。
牧野が言う「こっち」がどこへ向かっているのかなんて分からねぇ。
けど、どこでもいい。
こいつと並んで歩けるなら。
「牧野、」
「……ん?」
車の音に欠き消されそうになりながらも、隣のこいつに聞く。
「相変わらず勤勉してるか?」
「まあね。」
「……弁護士になるんだよな?」
「うーん、なれたらね。
そのために頑張ってるけど、結果的にどうなるかなぁー。」
「羨ましいよ、おまえが。」
「道明寺?」
「俺には選択肢はねーから。」
思わず本音が出て自嘲する俺を、立ち止まって見上げる牧野。
「なにかあった?」
「……いや、」
心配そうに見上げる牧野の頭を、軽く撫でてまた歩きだすと、遅れて牧野も付いてくる。
そのまま無言のまま歩いていると、地下鉄へ下りる階段の前で立ち止まる牧野。
「ここか?」
「うん、もうここで大丈夫だから。
ありがとね、道明寺。」
「……おう。」
ほんとはこの先も送っていくと言いたい。
でも、この先に進めば、また同じことを繰り返すことになるかもしれない。
俺は立ち止まったまま、階段を下りていく牧野を見つめることしか出来ずにいると、半分ほど下りたところで牧野が振り向いた。
そして、俺を数秒間見つめたあと、また階段をかけ上がってくる。
「どうした?」
「道明寺っ!
もしもっ、道明寺に選択肢があったら、あんたは何がしたかったの?」
突然問われたその質問。
「…………考えたこともねーな。」
そう呟きながらも、答えはひとつしかないと確信してる。
「考えたこともねーけど、でも、もしも本当に選択肢があるなら…………、
俺は道明寺を捨てて……好きな女に好きだと伝える。そして、そいつを幸せにしてやりたい。」
今思えば、この階段が俺の分岐点だった。
階段を下りずに踏みとどまれば牧野を諦めることが出来たかもしれない。
けど、俺は姉ちゃんに言われた言葉を思い出していた。
他の誰かに不幸にされるぐらいなら、
俺の手で…………。
「牧野、行くぞ。」
俺はこいつの腕を掴み、地下へと階段を下りていった。
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