道明寺邸を出てからもあたしの携帯は鳴りっぱなし。
相手は見なくても分かる。
バイトも勉強も、今日一日は全部休むつもりでいたから、行くところもなく途方にくれたあたしは、結局こんなときでさえバイト先に足が向かっていた。
休みなのに店に現れたあたしを見て、スタッフはシフトを間違えたと思ったらしく、
「折角来たなら、手伝って」
と、有無を言わせずショップのエプロンをあたしに被せた。
平日の3倍は混む店内。
スタッフが総出で頑張ってもレジの列は途絶えることがない。
いつもは厨房が担当のあたしも、今日はいつもよりおめかしをしていること見抜かれ、レジ担当へと回された。
急遽働くことになったけれど、かえってその方がいい。
一人でいると色々なことを思い出すから。
レジでの作業も二時間を過ぎた頃、
「お次のかた……」
と、並ぶ客に視線を移すと、そこにはジーンズにシャツ姿の道明寺。
「ご注文は?」
「何時に終わる?」
「……店内でお召し上がりですか?」
「牧野、悪かった。終わるまで待つから、」
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「頼む、俺に少し時間……」
「他にご注文がなければお帰りください。」
レジのマニュアル通り相手の目を見て、お決まりの質問を投げ掛けて、流れるような動作で席へと案内するところを、今日は出口へと案内したあたし。
そんなあたしに、
「…………牧野、おまえの時間を買いたい。
10分でいい。今日中に。
いくらだ?いくらでも出す。」
と、無理な注文を出すお客さま。
何事かと店長が慌ててレジまで駆けてくるのが視界の隅に写る。
「牧野さんっ、どうしたの?
何かございましたか、お客さまっ。」
店長が道明寺にペコペコ頭を下げる。
「牧野、俺はこのままここで話してもいいけどよ、かなり混んできてるぞ?」
そう言いながら後ろの列を指差すこの男は、このままおとなしく帰るはずがないだろう。
「店長、今日はこれで帰ってもいいですか?」
「えっ、あっ、いいよ。
もともと休みのはずだったんだから……」
モゴモゴと言いながらあたしと道明寺を見比べてる店長を横目に、あたしはエプロンを脱ぎながら
「鞄取ってくるからいつもの店に行ってて。」
と、道明寺に言い捨てて店の奥へと入った。
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バイト先からすぐのいつも利用してるカフェ。
あたしが店内に入ると、店の奥のいつもの席に道明寺が腕を組んでこっちを見つめている。
正面の席に座ると、待っていたかのようにいつも注文するジュースがあたしの前に置かれた。
「牧野、」
「道明寺、悪いと思ってるなら、もう何も言わないで。
そして、これからあたしが言うことを黙って聞いて従うこと。
いい?」
「なんだよ、それ。」
「いいかって聞いてるのっ、いい?」
「……ああ、わかった。」
今からあたしが言うことは道明寺にとって悲しいことなんだろうか、それともホッとすることなんだろうか、それさえも分からないあたし。
でも、確実に分かることは、
バカみたいな片想いからあたし自身が解放されるってこと。
「道明寺、あたしたちの関係がもしもまだ『付き合っている』っていうものだとしたら、それは今すぐ解消するべきだと思う。」
「あ?どういう」
「黙って聞いてっ!
あたしはあんたから約束をすっぽかされる度に悲しくて落ち込んで……、
でも、良く考えたらあたしにとっての『付き合いかた』と、あんたにとっての『付き合いかた』に違いがあるだけで、あんたが悪いんじゃない。
むしろ、あたしの方が勘違いしてただけなのかも知れないって気付いたの。」
「意味がわかんねぇ。もっと分かりやすく言えよ。」
「そう?分かりやすく言うとね、
あんたはあたしのことなんてこれっぽっちも好きじゃないってこと。
それをあんた自身が分かってないから、あたしたちの関係はおかしくなっちゃうの。
もしもあんたがあたしのことを好きだったなら、あたしがそうだったように、
近くにいるときは会いたいと思うだろうし、
会える日は何日も前から楽しみにしただろうし、デートを忘れるなんてことは……なかったと思う。」
「牧野、」
「黙って聞く!」
「…………。」
「あたしたちには温度差がありすぎる。
だから、…………あたしだけが辛い。
これって、恋愛において致命的らしいのっ。
この間ね、ちょっとバイトまでの時間空いちゃって、駅下の本屋さんで立ち読みしてたら、恋愛書にそう書いてあった。」
「くだらねぇ本参考にすんな。」
「うん、くだらないってあたしも思ってる。
けど、誰かに言って貰いたかったんだと思う。
そんな恋愛うまくいかないって……。
道明寺ってさー、もしかしたら初恋まだなんじゃない?」
「あ?」
「たぶん、きっとそう。
だからあたしみたいな何でも話せる女友達を『恋愛』だと勘違いしちゃったんじゃないかなー。
あのね、『友達としての好き』と『恋愛対象としての好き』は違うんだよ。
もっとね、一緒にいてドキドキしたり、相手のことを考えると眠れなかったり、好きだと口にして相手に伝えたいと思ったり…………、
そういうのが、ほんとの『好き』なの。
あんたがあたしに抱いてるのとは、全然違うもので、もっと、何て言うか、熱いものなんじゃないかなぁ。
…………だから、今度はきちんとそう言う相手を見つけて、同じ温度で恋愛してあげて。」
「牧野、俺は」
「黙って聞いて従うっ!
『友達』からのアドバイスは素直に聞いて。
分かった?じゃあ、あたし行くね。」
道明寺と過ごしてきて、ずっと感じていたことを改めて口に出してみると、呆気ないほどストンと府に落ちた。
温度差のある恋愛は、熱が高い方が辛い。
でも、あたしたちの場合は勝手に熱をあげていたのはあたしだけで、道明寺なんて目盛が動いたことなんてあったのだろうか。
あたしへの熱なんて、友達であるF3に抱いてる熱量ぐらいにしか、いやもしかしたらそれ以下かもしれない。
道明寺に言った言葉を、そのまま自分にも言ってあげたい。
『今度はきちんとそう言う相手を見つけて』

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コメント
こんにちは。なんか、今日の更新は、最初の方カットされてないでしょうか?『に。』から始まってます。
こんにちは⭐︎
ごめんなさい、余計な字が入ってしまっていましたね。
に…は消しましたので〜。