半年前、あたしはこの人から
「俺たちきちんと付き合おうぜ。」
そう言われ、
「うん。」
と、はにかんで返事をしたのを覚えてる。
それなのに、今日あたしは、同じ場所で同じ人に別れを告げている。
この半年間、あたしはこのバカ男にほとほと疲れた。
『付き合おう』、たぶんこの人はこの言葉の意味を理解していない。
相変わらず、まめに電話を掛けてくるのはNYにいるときだけ。
学業と仕事を掛け持ちしてる忙しいご身分なのはわかっているけれど、たまの休みもあたしのことなんてほったらかし。
そうかと思えば、酔った勢いで夜中に部屋に上がり込んできて、あたしのベッドで寝ていくこともある。
だからといって、あたしたちの関係は深まっているとは言えず、
キスは……した。
でも、それ以上のことは…………なし。
キスだって、不意打ちに、なんの前触れもなく、ただ触れるだけのチュッ……ってかんじのもので、あたしは心構えもさせてもらえず、
完全にからかわれたファーストキス。
それでも、あたしはこのバカが好きで、
他の人じゃだめだと思ってる大バカで、
懲りもせず道明寺との約束を楽しみにしてた日曜日、待ち合わせの時計台の下で二時間もあいつが来るのを待っていた。
携帯に何度電話しても繋がらない。
そのうちに、何かあったのかと心配になってきたあたしは、思いきって久しぶりにあいつの住む邸に向かっていた。
バカでかい門の前で名前を告げると、案外スムーズにガチャンと門が開けられて中へ通された。
そしてエントランスに入ると、懐かしい顔、
タマさんが迎えてくれた。
「つくし、元気だったかい?」
「タマさんっ、お久しぶりです。」
高校の頃、何度も道明寺に連れられてここへ来た際、すっかり仲良くなったタマさん。
「今日は坊っちゃんと約束かい?」
「はい、そうなんですけど、待ち合わせ場所に全然来なくて。
あいつ、居ます?」
「ああ、いるよ。
でも、……使いもんになるかどうか。」
タマさんは渋い顔でそう呟きながらあたしを東の角部屋へと連れていってくれた。
コンコン、と一応ノックをして中へ入ると、部屋の中央に置かれたキングサイズのベッドに眠っている道明寺の姿。
そばまで近付くと、規則的な寝息をたてて気持ち良さそうに眠っている。
あたしはそんな道明寺の顔を見つめながらベッドに腰掛けると、そんな小さな振動に瞼をピクリと反応させ、寝返りを打つ。
そして、あたしの方へ体を向かせたあと、ゆっくりと瞼が持ち上がった。
「…………。」
「おはよ。」
焦点があっていない道明寺に、あたしが小さく声をかけると、道明寺の第一声は、
「…………マジかよ。」
と、掠れた声。
そして、
「ごめん、約束してたよな。忘れてた……。」
その言葉を聞いてあたしは、
「ううん、大丈夫、いいよ。」
と、いつも言っている言葉が喉から出そうになる。
でも、今日は違った。
やっぱりこの男は何も変わっていない。
付き合う前も付き合ってからも、あたしとの約束なんて道明寺にとって重要なことじゃない。
あたしは、買ったばかりのスカートをはいて、いつもより少しだけ濃いめにリップを塗って、今日の日を楽しみにしていたのに、
こいつにとっては、今思い出すレベルの事柄。
そう思うと、不覚にもジワッと涙が滲む。
泣いてたまるかっ。こんなバカの為にっ。
そう思えば思うほど、目の中の涙が質量を増し溢れ出す寸前。
そんなあたしに、
「牧野?」
と、体を起こし顔を覗き込んでくる道明寺。
そんなこいつから、きついお酒の匂いがする。
この人は昨夜どれだけ飲んだんだろう。
仕事の付き合いだろうか、それとも…………、
どちらにしても、次の日の予定なんて全く考えたりなんてしなかったんだろう。
「すぐ用意するから待ってろ。」
そう言って起き上がった道明寺に、
「もう、いい。」
あたしはそう呟いた。
「あ?まだ時間あるだろ、着替えてくる。」
「いい。」
「……悪かったって、怒んな。」
「違うっ。もう、いいの。」
自分でも意外なほど冷静な声だった。
「牧野?」
「……もう、いいよ道明寺。
あたしには無理、こういうの。
こんな無駄なこと、終わりにしよう。」
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