不埒な彼氏 11

不埒な彼氏

牧野の編入の話を聞いたときは、久しぶりに頭に血が上った。

「やめろ。」
迷わずこいつにそう言った。

でも、キラキラした目で新しい大学のことを話すこいつを見て、怒りは消えた。
この女はいつもそうだ。

勉強に一生懸命で、夢にまっすぐで、そのためにひたすら前に走る。
だから、俺が今更何か言っても聞くはずがねぇ。

好物のピザを食ったからか、隣のちっせーこいつは鼻唄なんか歌いながらご機嫌だ。
昼間の逆ギレが嘘のよう。

「電車で帰るんだろ。」

「ん。」

滅多なことでもない限り、邸の車に乗ることのない牧野に付き合って、こいつといるときは電車に乗る。
それだけでもあり得ねぇことなのに、もうそれが当たり前になった。

今日も無言のまま電車に乗り、英徳大前で降りると、マンションまでゆっくりと並んで歩く。

「おまえがまだ弁護士の夢を諦めてなかったとは意外だな。」
高校のときは弁護士になりたいと言ってた覚えはあるが、最近は聞いてなかった。
そんなこいつが○○大学の法学部に編入する。

「そう?
将来が決まってるあんたたちとは違うから。」

「……英徳じゃだめなのかよ。」

我ながら往生際が悪いとは思うが、思わずそう愚痴ると、

「……うん、英徳は居心地が良すぎるの。」

と、牧野の口から意外な言葉。
ちょうど目の前には牧野のマンションが見えてきて、ゆっくりと立ち止まり俺を見上げるこいつ。

「はじめは嫌で嫌でしょうがなかった英徳が、
あんたのおかげで大好きになった。
感謝してる道明寺。
……でも、居心地が良すぎて忘れそうになるの。
あたしはここにいるみんなとは違うんだって。
そろそろ現実に戻らなきゃ。
……道明寺、今までありがとう。
って、なんか別れの挨拶みたい……へへ。
またね、道明寺。
これからも友達としてよろしく。」

そう言っていつも通り小走りでマンションに消えていく牧野。

いつも当たり前に近くにいると思ってた牧野が、これからはそうじゃなくなる。
いつもの中庭のベンチに座れば、そこからは図書館で勉強するあいつの姿。
いつものカフェテリアのお決まりの席に座れば、そこからは1階のカフェテリアにいるあいつの姿。

それが、これからは当たり前じゃなくなる。



それから1か月後。
新学期に入り俺たちは4年生。
いくら家業を継ぐとはいえ、遊んでばかりはいられない。

俺も学校と会社を往き来する生活になり、キャンパスで過ごす時間も格段に減った。
忙しい合間をぬって講義を受けている俺は、大学に来ると必ずやることがある。

それは…………、
中庭から図書館を見上げること。

いるはずのないあいつの姿を思い浮かべながら、
自問自答する。
『おまえは誰を探してる?』

ベンチに座りぼぉーとしてる俺の隣にドカリと座る気配がして横を向くと、総二郎の姿。
無言で俺がしてたように、総二郎も図書館を見つめる。
そんなこいつに、俺は呟いた。

「なぁ総二郎、俺だけか?こんな気持ちなのは。」

すると、フゥッ……と鼻で笑った後、
「ああ、たぶんな。」
と、答えるこいつ。

そして、
「牧野はおまえよりもっと早くそういう気持ちだったんじゃねーのかな。
でも……、はぁーーー、バカだなあいつも。
勝手に吹っ切りやがった。
ったく、…………」

そう言って目の前の石ころを蹴りあげる。

「……どういう意味だよ。」

「だからっ、とにかくっ、
…………あっ!」

何かを言いかけた総二郎が、すげー驚いた顔で口を開けたまま固まっている。
その視線の先に俺も目を移すと、そこにはいるはずもない牧野の姿が。

図書館の入り口から、今まさに出てきた牧野が俺たちに気付き、軽く手を上げながらこっちに向かってくる。

俺は自然と体が動いた。
ベンチから立ち上がり、牧野の方へゆっくりと歩いていく。
そして、目の前に来たこいつを、俺は無言で
…………抱きしめていた。

「っ!」

「…………。」

「んぐぅーっ!道明寺っ、ちょっ!……あんた、
……苦しいっつーのぉ!
離せ……バカっ!」

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