牧野の編入の話を聞いたときは、久しぶりに頭に血が上った。
「やめろ。」
迷わずこいつにそう言った。
でも、キラキラした目で新しい大学のことを話すこいつを見て、怒りは消えた。
この女はいつもそうだ。
勉強に一生懸命で、夢にまっすぐで、そのためにひたすら前に走る。
だから、俺が今更何か言っても聞くはずがねぇ。
好物のピザを食ったからか、隣のちっせーこいつは鼻唄なんか歌いながらご機嫌だ。
昼間の逆ギレが嘘のよう。
「電車で帰るんだろ。」
「ん。」
滅多なことでもない限り、邸の車に乗ることのない牧野に付き合って、こいつといるときは電車に乗る。
それだけでもあり得ねぇことなのに、もうそれが当たり前になった。
今日も無言のまま電車に乗り、英徳大前で降りると、マンションまでゆっくりと並んで歩く。
「おまえがまだ弁護士の夢を諦めてなかったとは意外だな。」
高校のときは弁護士になりたいと言ってた覚えはあるが、最近は聞いてなかった。
そんなこいつが○○大学の法学部に編入する。
「そう?
将来が決まってるあんたたちとは違うから。」
「……英徳じゃだめなのかよ。」
我ながら往生際が悪いとは思うが、思わずそう愚痴ると、
「……うん、英徳は居心地が良すぎるの。」
と、牧野の口から意外な言葉。
ちょうど目の前には牧野のマンションが見えてきて、ゆっくりと立ち止まり俺を見上げるこいつ。
「はじめは嫌で嫌でしょうがなかった英徳が、
あんたのおかげで大好きになった。
感謝してる道明寺。
……でも、居心地が良すぎて忘れそうになるの。
あたしはここにいるみんなとは違うんだって。
そろそろ現実に戻らなきゃ。
……道明寺、今までありがとう。
って、なんか別れの挨拶みたい……へへ。
またね、道明寺。
これからも友達としてよろしく。」
そう言っていつも通り小走りでマンションに消えていく牧野。
いつも当たり前に近くにいると思ってた牧野が、これからはそうじゃなくなる。
いつもの中庭のベンチに座れば、そこからは図書館で勉強するあいつの姿。
いつものカフェテリアのお決まりの席に座れば、そこからは1階のカフェテリアにいるあいつの姿。
それが、これからは当たり前じゃなくなる。
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それから1か月後。
新学期に入り俺たちは4年生。
いくら家業を継ぐとはいえ、遊んでばかりはいられない。
俺も学校と会社を往き来する生活になり、キャンパスで過ごす時間も格段に減った。
忙しい合間をぬって講義を受けている俺は、大学に来ると必ずやることがある。
それは…………、
中庭から図書館を見上げること。
いるはずのないあいつの姿を思い浮かべながら、
自問自答する。
『おまえは誰を探してる?』
ベンチに座りぼぉーとしてる俺の隣にドカリと座る気配がして横を向くと、総二郎の姿。
無言で俺がしてたように、総二郎も図書館を見つめる。
そんなこいつに、俺は呟いた。
「なぁ総二郎、俺だけか?こんな気持ちなのは。」
すると、フゥッ……と鼻で笑った後、
「ああ、たぶんな。」
と、答えるこいつ。
そして、
「牧野はおまえよりもっと早くそういう気持ちだったんじゃねーのかな。
でも……、はぁーーー、バカだなあいつも。
勝手に吹っ切りやがった。
ったく、…………」
そう言って目の前の石ころを蹴りあげる。
「……どういう意味だよ。」
「だからっ、とにかくっ、
…………あっ!」
何かを言いかけた総二郎が、すげー驚いた顔で口を開けたまま固まっている。
その視線の先に俺も目を移すと、そこにはいるはずもない牧野の姿が。
図書館の入り口から、今まさに出てきた牧野が俺たちに気付き、軽く手を上げながらこっちに向かってくる。
俺は自然と体が動いた。
ベンチから立ち上がり、牧野の方へゆっくりと歩いていく。
そして、目の前に来たこいつを、俺は無言で
…………抱きしめていた。
「っ!」
「…………。」
「んぐぅーっ!道明寺っ、ちょっ!……あんた、
……苦しいっつーのぉ!
離せ……バカっ!」

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