イツモトナリデ 15

イツモトナリデ

週末が明けた月曜日。
部屋で出勤の身支度をしながら、あの夜の電話を思い出す。

夜中にかかってきた道明寺からの電話。
「おまえが好きだ。
男として俺を見て欲しい。」
そう言った後、黙るあたしに、

「月曜の朝、東京に戻るから。」
とだけ言って電話が切れた。

あの時、道明寺は相当酔っていた。
そんな時に電話をしてくる事も、あんな台詞を言う事も、今までの道明寺からしたら、らしくない行動だ。

だから、あたしをからかってあんな台詞を言ったのかもしれない。
もう、覚えていないかもしれない。

そんな事をグダグダ考えながらお化粧をしていると、気付けば出勤間近の時間になっていて、あたしは慌てて朝食のパンを口にした。



会社に着くと、月初めの月曜日だから、やらなきゃいけない仕事が溜まっていた。
夕方からは会議もある。
バタバタと忙しく、休憩する時間すらまともに取れない。

だから、道明寺の事はすっかり忘れていた。
いや、考えないようにしていた。
きっと、もう会社には戻ってきているだろう。

「牧野さん、会議室の準備お願いできる?」

「はい、分かりました。」

課のボードを見ると、会議室は13階の第2会議室と書かれている。
会議が始まる前に資料を揃えておく事と、人数分のコーヒーも淹れておこうか。
そう思いながら、会議の15分前に資料を手にあたしは会議室へと向かった。

13階は会議室フロアと呼ばれ、様々な大きさの個室の部屋があり、各課の会議がここで行われている。
今日あたしたちが使う会議室は奥から2つ目の、10人ほどが入れる小さな会議部屋。

部屋の前に近付くと、扉の前に「営業課、使用中」の札が貼ってある。
おかしいな、あたし間違えたかな。
そう思い会議室の使用スケジュール表を見ると、営業課は16時までの使用となっている。

今は16時15分だから、もう終わっているはずなのに、話し合いが長引いているのだろうか。
どちらにしても、30分からはうちの課が使う予定になっているから、そろそろ出てくるだろう。

そう思い、部屋の前で待っていてもなかなか出てくる気配はない。
扉にそっと耳を近づけてみてもなんの音も聞こえない。

もしかして、会議が終わった後、札を回収していくのを忘れたのではないか。
あたしは、小さくコンコンとノックをした後、会議室を細く開けた。

案の定、誰もいない。
ほっとしながら、その後扉を大きく開けたあたしは、危うく大きな声をあげそうになった。

会議室の1番奥の席に、1人の男の人が机に突っ伏して眠っていたのだ。
驚いて、また扉を閉めようとしたあたしは、その人の顔を見て立ち止まる。

道明寺だ。

営業課の会議というのは道明寺のメンバーだったのだ。
大阪での出張報告でもしていたのだろうか。
こんな所でうたた寝してしまうなんて、相当疲れているはず。

あたしは、1番近い机の上に資料を置くと、静かに道明寺に近づいた。
スーツの上着を脱いだワイシャツ姿の道明寺。
カールした髪が目にかかりそうで、あたしは起こさないようにそっと髪に触れる。

閉じていると余計に強調される長いまつ毛や、女の人以上に綺麗な肌。
そんな道明寺を見つめながら、あたしは小さく呟く。

「ねぇ、覚えてる?あの日の電話。
覚えてなかったら、許さないから。」

酔っていたから覚えていないかも…なんて思っていたけれど、
あたしの心の声は正直で、あの言葉は嘘であって欲しくないと切望していた。

起きてる道明寺には絶対に言えない言葉。
寝ているからこそ、本音で言える。

あたしは呟いた後、ピクリとも身動きしない道明寺を見て、
会議室は隣に変更しなきゃ、
と思いながらその場を離れようとした、

その時だった。

あたしの腕が勢いよく引っ張られる。
そして、バランスを崩したあたしの身体が、何か硬い物の上に座るように着地した。

それが、道明寺の片膝の上だと気付いたのは、3秒後で、
あたしは、椅子に座る道明寺の上に抱っこされるような形になり至近距離で見つめ合っていた。

片方の手であたしの腕を掴み、もう片方の手はあたしの背中に回され、これ以上近付けないというほどあたしの身体を寄せてくる。

道明寺の真っ直ぐな視線に耐えられなくなって、下を向くと、
道明寺が「牧野。」と少し掠れた声で一言言った。

そして、その後、
突然あたしの唇に温かいものが触れた。

キス……。
触れるだけのキスとは違い、互いの鼻がぶつかり合うほど近くて、濃いキス。

その激しさにあたしの身体は驚いて一瞬固まるけれど、次第にその心地よさに溺れていく。
道明寺から漂う甘い香りと、あたしの身体を包み込む手の大きさ。
このままこの気持ち良さに流されてしまいそうになるけれど、ほんの少しだけ残っている理性を総動員させて、道明寺の胸を押し返す。

すると、唇は離れたけれど、お互いの鼻先はくっ付いたままの距離。それ以上離れる事を許してもらえない。

「…道明寺、寝ぼけてる?」
そう聞くあたしに

「フッ…んな訳ねーだろ?」
と、甘く囁くこの人。

「…近すぎる。」

「この距離でも俺には物足りねぇ。」

道明寺はそう言うと、再びキスを再開した。
恋愛初心者のあたしには初めてのこんなキス。
背中に回された手で引き寄せられ、あたしたちの身体の距離はゼロ。
あたしの胸が道明寺の大きな胸板に触れているのが分かるほど近い。

何度も甘噛みされ、自分のか道明寺のものか分からない唾液で唇が濡れる。
そのうちに、あたしの太腿に道明寺の手が置かれ、ストッキングの上をなぞるように触れられる。
あたしは道明寺のワイシャツに捕まり、その刺激に耐えていると、

突然、会議室の外から数人の話し声が聞こえてきた。
その声で、あたしはハッと我に帰る。

慌てて道明寺の腕の中から逃げ出し、立ち上がる。
そして、乱れた髪とスカートの丈を直して、道明寺から適正な距離を取る。

「ど、ど、道明寺。
この後ここであたしたち会議なの。」

「お、おう。」

「コーヒーの用意してこなくちゃ。
あ、あたしっ、行くね。」

「あ…、分かった。」

お互いまともに顔を見られず、しどろもどろになりながらそう話したあと会議室の扉を開くと、そこにはうちの課の課長が立っていた。

時刻はちょうど16時半。
中にいる道明寺を見て、
「お疲れ様です。営業課の会議も今終わったんですね。」と課長が声をかける。

それに、「お疲れ様です。」と軽く頭を下げて道明寺は会議室を出て行った。




自分のオフィスに戻ると、俺は机に突っ伏して大きく息を吐く。

やってしまった……。
犯罪並の大暴走。

出張明けの疲れた身体に長ったらしい会議が続き、眠気がピークだった。
5分だけ仮眠を…と思って目をつぶり数分後、会議室の扉が開かれた。

眠る俺を見てすぐに出ていくだろうと思っていたけれど、近づいてくる人影。
薄目を開けると、
牧野だ。

あの日の電話の事を話そうか。
そう思い、起きようとした時だった。
あいつが言った。

「ねぇ、覚えてる?あの日の電話。
覚えてなかったら、許さないから。」

そう言って、優しく髪に触れるこいつ。
あんな事されたら、抑えていたリミッターが外れるに決まってるだろ。

離れようとする牧野の腕を掴み、自分の膝に座らせ身体を引き寄せる。
薄いブラウス姿の牧野とワイシャツだけの俺。
牧野の胸の膨らみが直に伝わり、次の瞬間キスを……。

そこまで回想して、俺は頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
会社で何やってんだよ。
キスだけじゃ足りなくて、スカートの中までいきそうになった手。
滋に知られたらマジで殺されるぞ。

俺はもう一度大きく息を吐くと、
「西田、今日は早めに退勤する。」
と言って残りの仕事に手をつけた。

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