牧野と距離を置くようにしてから3ヶ月。
俺の気持ちに整理がつき始めたある日の夕方、仕事中の俺の携帯が鳴った。
滋からのグループLINE。
「熱が出て早退したから、今日は2人で看病に来る事!」
と、病人からの命令。
そういえば、昨日会社ですれ違った時に、掠れた声で喉が痛いと言っていたあいつ。
今日も無理して出勤したから、どうやら熱がでたようだ。
「2人で……」
という所に引っかかり、なかなか返信出来ない俺に対して、牧野は5分後に、
「19時には仕事が終わるから部屋に行くね。
道明寺は忙しいだろうから、あたし一人で行くよ。
何か欲しいものある?帰りに買って行くから。」
と、返信してきた。
滋の部屋に行くのも久しぶりだ。
牧野抜きで滋の部屋に行く事はほとんどない。
ああ見えて、滋にも遠距離の彼氏がいるからだ。
仕事で知り合った日系アメリカ人でNYで働いている。
長期の休みを利用して会いに行ったりと、もう4年近く遠距離恋愛を続けている。
その寂しさから、俺たちを頻繁に部屋に呼ぶのだろうと俺も牧野も口にはしないけれど分かっている。
だから、こんな時は行ってやらなきゃなんねーのは分かってるのに、まだ俺の頭はグダグダ迷ってる。
19時が近づいて来て、もう一度LINEを開くと、滋から牧野へ長々と買い物リストが送られていた。
ペットボトルの水やら、100%オレンジジュース、ハーゲンダッツのバニラとラムレーズンのアイス、冷えピタ二箱。
その他にも細々した物が書かれていて、それを読んだ俺は、
「バカか、あいつは。」
と、呟きながらオフィスを出た。
行き先は牧野のオフィスがある階。
そのエレベーターの側で5分ほど待っていると、
帰り支度をした牧野が足早にエレベーターへ向かってくるのが見えた。
そして、俺に気づいた瞬間、少し戸惑った顔をしたあと、いつものように
「お疲れ。」と言う。
「おう。滋のとこ行くぞ。」
「え?道明寺も行くの?」
「あんな買い物リスト見せられたら、おまえ一人に任せられねーだろ。」
電車通勤の牧野があのリストの物を買って滋の部屋に一人で持っていくのは大変だ。
2人で来る事を想定して、滋は我儘を言ってきたに違いない。
エレベーターに乗り込みながら、
「◯◯に寄って行くか?」
と、滋のマンションの側にある高級スーパーを口にすると、
牧野も、「滋さんならその方がいいわ。」とコクコク頷いた。
………………
マンションに着くと、冷えピタをおでこに貼り付けた滋が出迎える。
その頬はいつもよりほんのり赤くて、熱があるのは一目瞭然。
もう一度熱を測らせている間に、買ってきた物を冷蔵庫に入れる。
「38.1度。」
「えっ、高いね!滋さん薬は飲んだ?」
「うん、1時間前に。
さっきまでママたちが来てくれてたの。
もう少しで薬も効いてくると思うんだけど。」
そう言いながらリビングのソファにコロンと横たわる滋。
そんなこいつに、
「ベッドで寝てろよ。」
と、俺が言うと、
急にニヤッと笑ったあと、
「おかゆが食べたい。」
と言い出す。
「あ?」
「なんか、2人を見たら急にお腹が空いてきちゃった。
つくしー、お粥作ってー。」
「…うん、いーけど、」
「美味しい鮭もあるの。あれを焼いて、お粥と一緒に食べたい。司も、お手伝いしてね。」
病人らしからぬ我儘っぷりに、
「おまえ、仮病かよ。」
と、悪態をついてやると、
体温計を俺に見せながら、
「ほらっ、ちゃんと熱あるのっ!
病人には優しくするっ。」
と、足をバタつかせる滋。
「わーかったからっ、2人とも喧嘩しないっ!
滋さんはベッドで寝る、道明寺はキッチンでお粥を作る、
いい?分かった?」
牧野に怒られて、俺たちはそれぞれの持ち場に移動した。
料理なんてした事がない俺は、ただ牧野の隣に立って見ているだけしか出来ない。
それでも、ネギを洗ったり卵を割ったりと、牧野の指示に従い手伝う。
牧野は自炊しているだけあって料理の手際がいい。
お米を洗い小さな土鍋で炊いている間に、魚の準備に取り掛かる。
そんなこいつが一旦手を止めて、何やらゴソゴソとさっき買ってきた買い物袋の中をあさりだした。
「買ってきた物なら全部出したぞ。」
俺がそう言うと、
「ううん、そうじゃなくて…」
と言ったあと、
「あった!」
と、嬉しそうに笑う。
その手には、小さな輪ゴム。
それを持って、自分の髪を束ねはじめた。
「おまえっ、まさかそれで髪しばるのかよ。」
「うん、料理してると髪が邪魔で。」
輪ゴムで髪を縛ると、あとでどうなるかぐらい俺でも知っている。
昔、あきらとふざけて、総二郎が寝ている隙にあいつの髪の毛を輪ゴムで縛ってやったら、そのあとなかなか取れなくて、総二郎にキレられたのを覚えている。
「そんなんで縛ると、取れなくなるぞ。」
「でも、他にゴム持ってきてないし。」
牧野がそう言って手早く髪をまとめようとする手を、俺は咄嗟に掴んで言った。
「やめろって、俺が縛ってやる。」
そう言って、俺はスーツのポケットから白いハンカチを取り出した。
それを広げクルクルと折りたたむと一本のリボンにする。
そして、牧野を反対側に向かせると、俺は肩までかかる牧野の髪に触れる。
黒いストレートの髪。
その髪にゆっくり手を伸ばすと、
封印していたはずの牧野への想いが溢れ出す。
あれだけ数ヶ月こいつを避けて過ごしてきたのに、この数時間一緒に過ごしただけで、あっという間に俺の気持ちはまた元通りだ。
ゆっくりとハンカチで髪を束ねてやると、
牧野がくるりと振り返り、
俺を見つめて「ありがとう。」と言う。
その瞳がユラユラと揺れて、落ち着かない。
その表情が堪らなく愛しくて、俺は真っ直ぐに牧野を見つめ返す。
いつも頑固でまっすぐなこいつが、時折見せる不安定な表情や視線。
それが好きだと言えば鬼畜だと笑われるだろうか。
でも、俺にしか見せないそんな弱い部分が堪らなく愛しくて、そんな時、手を伸ばさずにいられなくなる。
今もそう。
おまえは何に動揺してる?
そう思いながら、その瞳に近づきたくて、牧野へ手を伸ばす。
目に掛かりそうな前髪をそっと人差し指で払い、そのまま頬に触れる……と、その時、
火にかけていた土鍋からふつふつとお湯が溢れ出してきた。
その瞬間、我に帰った俺たちは、慌てて離れて火を止める。
「危ねぇ。」
土鍋から溢れた液体を見ながら俺はそう呟いたけれど、
その本心は、
暴走しそうになった自分に対してだった。
12話へつづく。
⭐︎エピローグ⭐︎
最近めっきり3人で集まることが減った。
司が避けているからだ。
どうやら、つくしへの気持ちは封印させることにしたらしい。
徐々に心の整理をつけるでしょう。
そう思っていたのに、
問題は違うところで起きはじめていた。
つくしが変なのだ。
あれだけ好きだった二階堂先輩と付き合うようになったのに、週末は相変わらずあたしの部屋でのんびり過ごして行く。
デートは?と聞くと、
いつも曖昧な返事。
浮気疑惑のあった先輩だから、つくしのことを放ったらかしなのでは?と心配したけど、そうじゃなさそう。
先輩を放ったらかしてるのは、つくしの方。
ある日、トイレに立ったつくしの携帯が短く鳴って、何気なく覗いてみると、
先輩からのLINE。
「今週も忙しい?時間が空いたら連絡してね。」
先々週も、先週も、今週も、
忙しい素振りなんて皆無だったつくし。
ねぇ、つくし。
あんたの気持ちはどうなってるの?
end
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