不埒な彼氏 7

不埒な彼氏

結局、クリスマスも予定通りバイトに明け暮れた。
そして、あっという間に今年も残すところわずか。

今日はあたしの誕生日。
例外なく、夜の10時を回った今も厨房でクロワッサンの仕込みをしている。

「牧野さん、時間だよ。」

「はーい。」

店長の声で時計を見ると、10時15分。
いつもより一時間早く上がらせてもらって、
このあと、道明寺と待ち合わせをしている。

今年のあたしの誕生日。
道明寺にリクエストしたプレゼントは、
「ハタチの誕生日にお酒を飲みに連れていって欲しい。」
というもの。

「そんなことかよ。」
そう言って笑うあいつに、

「簡単でしょ?」
と、ピースサインをしたあたし。

バイト先を出たところで、
「終わったのか?」
と、後ろから道明寺の声。

振り向くと、待っててくれていたのか、少しだけ鼻の頭が赤い。

「うん。遅くなってごめん。」

「行くぞ。」

道明寺に連れてこられたのは、予想通りメープルのバーだった。

予め頼んであったようで、あたしたちが行くと、窓側の夜景の綺麗な席に通されて、すぐに淡いグリーンのカクテルがあたしの前に置かれた。

「酒、初心者のおまえは3杯までだからな。」
そう言って念を押されて口をつけたカクテルは、
甘くて爽やかで、ジュースみたい。

「これなら、何杯でもいけそう。」
と、つぶやくあたしに、

「調子に乗るな。」
と、憎たらしい男。

そんなジュースのような飲み物はあっという間に喉を通り、残すのはあと一口。
飲みやすくて美味しいそれは、初心者にはさすがに効いてきて、頬が熱くボォーとしてきた。

「大丈夫か?」

「……ん。
さすがに、疲れた体にはきつかったかも。」
正直にそう話すと、

「帰るぞ。」
と、道明寺があたしの腕を取り立たせてくれ
ボォーとした頭のままタクシーに乗り込み、あたしのマンションへと向かう。
地方の都市に住むパパとママとは離れて独り暮らしのあたし。

思ったより酔いが回ったらしく、マンションの鍵がうまく回せない。
そんなあたしから鍵を取り、部屋を開けてくれた道明寺は、あたしをソファに座らせてキッチンの冷蔵庫から水を持ってきてくれた。

「ったく、こんなに弱いとは想定外だったな。」
と、あたしを見て苦笑したあと、

「こんな誕生日プレゼントでいいのかよ。」
と、隣にドカッと座りながら聞いてくる。

「……想定外。」

「あ?」

あたしだって、こんなはずじゃなかった。
思いっきり想定外。

「もっと、欲しいものがあったのに……」

「牧野?」

ハタチの誕生日にお酒をのみながら、あたしの気持ちを素直にぶつけるはずだった。
いつもは素直になれないあたしも、すこしだけお酒の力を借りて勇気を出そうと思ってたのに。

空回りしてる自分に情けなくなってジワッと目に涙がたまる。
そんなあたしを見て、
「具合悪いのか?」
と、心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる道明寺。

その顔が、いつもはあたしをからかって怒らせてばかりのそれじゃなく、
優しくて温かくて、優紀が言ってた甘い目。
そんな道明寺を見ていると、完全に酔ってたあたしは、自分でも思いがけない行動に出ていた。

隣に座る道明寺のシャツを掴み、ソファにグイッと押し倒す。
予期していなかったせいか、この大男があっけなく倒れ、道明寺の体の上にあたしが覆い被さる体勢になった。

真上から道明寺の顔を見つめると、すごく驚いた顔をしてあたしを見つめ返す。

「ま……きの?」

あたしの頭の中はもうなんだかぐちゃぐちゃ。
この体勢で好きだって言う?
それとも、唇でも押し当てれば気持ちは伝わる?

「おい、酔っぱらい。」

「な、何よっ。」

「俺のこと襲うつもりか?」
そう言う道明寺の顔は、さっきの驚いてた表情ではなく、いつもの余裕たっぷりなものにいつのまにか変わっている。

そのことに、なぜか腹が立つ。
いつだって、余裕がなくていっぱいいっぱいなのはあたしだけ。

「……襲ったらどうするっ?」
悔しくて勢いだけでそう聞いていたあたし。

「襲い方もしらねぇだろ、おまえ。」

「し、知ってるしっ!」

「じゃあ、まずは何からだ?」

完全にからかってるこいつ。
あたしが、これ以上なにもしないと思ってる。

「……覚悟しなさいよ。」
あたしは、小さくそう呟くと、
グイッと距離を縮めて、顔を近付けた。

二人の顔の距離はあと10センチ。
そこまで来ると、さすがのあたしも躊躇する。
こんなことを勢いだけでしてもいいはずがない。
こいつにとってはもう何万回としたキスのひとつかもしれないけれど、あたしにとってははじめてのキス。

そう思うと、意地になってる自分がバカらしくなってきた。
あたしは、ひとつフゥーと息を吐くと、
すっかり乗り上げてしまっていた道明寺の体から下りようと起き上がろうとした。

と、その時、
ものすごい勢いで視界が反転する。

気付いたときは何がどうなってこの体勢になったかなんて分からない。
あたしは、いつのまにか道明寺と体勢が入れ替わり、あたしの体の上に覆い被さるようにして上から見つめてくる道明寺。

「……ど、道明寺っ?」

「おまえがなかなか先に進まねぇから、俺が教えてやろーか?」

さっきあたしがしたように顔を近付けてきて、残り10センチのところでピタリと止まる。
そして、更にあたしをからかって試すかのように、ゆっくりと距離を縮める道明寺。

見つめてくる道明寺の目がいつもより真剣で、まるで怒ってるかのようで、
あたしは堪えられなくなってギュッと目をつぶる。

自分でもわかるほど、瞼が震える。
道明寺の吐息が頬に感じて、思わずビクッと体が揺れる。

キス……されるのかな……、
そう思って、ガチガチに固くなっていると、
突然、おでこにペチンとデコピンが。

「痛っ!」
おでこをおさえながら目を開けると、
そこには、さっきまであと数センチのところまで迫っていたはずの道明寺が、体を半分起こして、いつものからかい顔で笑ってる。

「……道明寺。」

「おまえさ、酔って男を押し倒すのは百年早いっつーの。
ったく、おまえは今度から酒禁止。
他の男なら、今ごろおまえ滅茶苦茶にされてるぞ、バカ。」

他の男なら…………、
やっぱり、あんたはそうじゃないんだ。

ここまで、シチュエーションが整っていても、あたしには指一本触れてこない。
それが、答えだよね。

あたしが欲しかった本当のプレゼント、
『あんたの本当の気持ちが知りたい。』は、
こんな形で知ることになったけど、
なぜか、スッキリした。

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