翌日、
仕事が終わると会社の前からタクシーに乗りこんだ。
行き先は、先輩と待ち合わせをしているお店へ。
30分ほどでそのお店の前に着いたあたしは、その店構えに圧倒される。
和食の美味しいお店…と先輩は言っていたから小さな和食処を想像していたのに、
目の前にあるお店は、石畳の壁に木造の門、そこを抜けると日本庭園が広がる超高級料亭だった。
二階堂という名を告げると、女将がすぐに理解したようで、あたしを奥のお座敷へと案内してくれた。
そして、その部屋の襖を開けると、8畳ほどの部屋に先輩が座っていた。
「つくしちゃん、お疲れ。」
先輩がそう言うのと同時に、女将が頭を下げて下がっていく。
「先輩っ、凄いですね、ここ。」
「だろ?つくしちゃんは初めて?」
「当たり前ですっ、あたしこんな素敵な料亭に来たことなんて無いですから。」
「はははぁ、それなら、これからは頻繁に連れてきてあげなくちゃね。」
笑いながらそう言ったあと、先輩はあたしの目の前にあるグラスにビールを注いでくれた。
「乾杯。」
小さくカチンとグラスを鳴らした後、ビールに口をつけたところで、
最初の一皿が運ばれてきた。
素敵な器と上品な食事。
一日中忙しかった仕事から解放されて、思わず
「幸せぇ〜。」と、心の声が漏れる。
そんなあたしに、
「つくしちゃんはいつも美味しそうに食べるよね。
それを見てる僕も幸せだよ。」
と、先輩がじっとあたしを見て言う。
大好きな先輩なのに、こうして真正面で見つめられるとなぜだか居心地が悪い。
いつもは他のお客さんもいるレストランなどで食事をすることが多かったけれど、こうして個室で2人きりというのは初めてだ。
いつもより、なんだか緊張する。
それを誤魔化すように、お料理のお品書きを手に取り先輩からの視線を遮ろうとしたあたしに、クスッと笑った後先輩が言った。
「つくしちゃん、俺たち、付き合おうか。」
タコの柔らか煮を口に含んでいたあたしは、
「…うへぇ?」
と、変な声を出した後、そのタコをごくりと丸呑みしてしまった。
ゴホゴホとむせるあたしに、ビールのグラスを差し出しながら、
「大丈夫?つくしちゃん。」
と、先輩が心配そうに言う。
「だ、大丈夫ですっ。
……先輩、今あたしになんて言ったんですか?」
「もう一回言うよ。
つくしちゃん、僕と付き合おう。」
優しい笑みを浮かべながらあたしを見つめる。
ずっと夢見ていたその言葉。
それを今先輩の口から聞けた。
もちろん、断る理由もないし、迷いもない。
真っ直ぐに先輩を見つめて、
「はい。」
と元気よく答えた後、
肝心なことを思い出す。
「あっ、いや、先輩!その前に、
あのぉー、あの記事の相手の方は?」
「うん、その事について、つくしちゃんにきちんと話しておくよ。
相手の女性とは、つい最近仕事の関係で知り合ったんだ。
仕事の打ち合わせも含めると3回会ったかな。写真を撮られた日は親父たちも含めて6人で会食をした後、タクシーに乗って帰るところだった。
女性はかなり酔っててね、タクシーに乗り込むまで手を貸して、乗り込む直前にハグをされた。その写真を撮られたって訳。」
スラスラとそう話す先輩からは、なんの後ろめたさも感じられない。弁護士という仕事柄なのか、説得力もある。
「ああいう記事を書くライターっていうのは、ほんと悪質だよね。一連の流れを見ていれば何も関係ないって事が分かるはずなのに、際どいシーンだけ切り取って報道するから誤解が出るんだよ。」
どこかで聞いたことのあるそのセリフ。
あーそうだ。
「道明寺も言ってました。」
「ん?司くんが?」
「はい、昨日、社食で一緒にランチを食べたんです。
その時に、道明寺も同じこと言ってました。
インパクトのある写真だけ切り取って、記者の都合よく使うって。
だから、先輩の記事も信用するなって言われたんです。」
あたしがそう言うと、先輩は含み笑いをしながら、
「へぇー、意外だな。」
と言う。
「え?」
聞き返すあたしに、先輩は独り言のように、呟いた。
「仕掛けてくるには絶好のチャンスだったはずなのに…。」
10話につづく
⭐︎エピローグ⭐︎
22時を回った頃、携帯に一通のラインが届いた。
つくしからだ。
開くと、司とあたしとつくしのグループラインに一言
「先輩と正式に付き合うことになりました。」
と。
そういえば、今日、二階堂先輩とデートだって言ってたわあの子。
ようやく長い片思いから脱出したってわけね。
本来なら、おめでとうスタンプを連打してやりたい所だけど、
もう一度そのラインを見て、あたしは小さくため息を漏らす。
昨日、会社でバッタリ会った司に、
「つくしとランチしてたんだって?
二階堂先輩のあの記事、つくしショック受けてた?」
そう聞くあたしに、
珍しく司は大きくため息をつき、あのクルクルカールした頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた後、言った。
「負けるってわかってる戦に挑もうとしてる俺はバカだよな。
でも、あいつが幸せなら、俺は戦を諦めようと思ってる大バカでもあるんだよ。」
司、あんたどうするの?
戦わずに、つくしの幸せを見守る大バカになるつもり?
end

にほんブログ村
ランキングに参加しています。応援お願いしまーす⭐︎
コメント
いつもとなりで
いつもそばで司の様子を伺ってるのは滋ですね
イツモトナリデ
すーーーっごく面白いです!!
いつも更新楽しみにしてます!!
思いっきり司くんの片想い
切ない〜(涙)
報われそうにない展開にハラハラします。二階堂先輩なんか軽いし今更告るとかなんで?散々派手な女と遊んできて結婚相手は地味なつくしちゃんとか?だったら許せませんー!
司くんの猛攻撃が始まるか?!
次回も楽しみです!