パーティーの翌日、
自宅のマンションで出勤支度をしていると、メールの着信音が響いた。
滋からだ。
朝からなんだ?と開いてみると、
「ちょっと、これ何よ。」
という文と共に複数の画像が送られてきた。
それを見た俺の眉間に深い皺が入る。
一つ目の画像には、ネットニュースの記事なのだろう、
「人気アナウンサーのお相手は注目度ナンバーワンの若手弁護士。」
という見出しで、熱愛が書かれた記事。
そして、他の画像を開くと、
テレビで何度か見たことのある女性アナウンサーが、男の腕に自分の腕を絡めて歩く姿や、
タクシーに乗る間際、男に歩み寄ってハグをする姿が撮られた写真だった。
その男は、見間違えるはずもない、あの二階堂だ。
そして、そのネット記事の最後にはこう書かれていた。
「あるパーティーに出席した際、男性は周囲に、意中の相手がいると漏らしていた。」と。
それはまさしく昨夜の事で、きっとこの記事を書くためにライターに見張られていたのだろう。
俺は急いでスーツの上着を着込むと、いつもより早く家を出た。
……………
今日に限って朝から会議続きでオフィスを抜けられず、
ようやく時間が空いたのは昼休憩の5分前だった。
すぐにエレベーターに乗り込んで、3つ下の階を押す。
そして、経理課に着くと、足早に目的の場所へと急ぐ。
経理課の奴らが俺を見てハッとした顔をしているけれど、それを無視して左奥のデスクに行き、
牧野の横に立って言った。
「昼メシ、行くぞ。」
「っ!ど、どしたの道明寺っ。」
俺を見て驚いた声を出すこいつに、もう一度、
「社食、混む前に行くぞ。」
と、言ってやる。
すると、
「あたし、お弁当持ってきてるし。」
と、小さな布袋を俺に見せてくる。
「奢ってやるから。」
「……。」
「デザート付きだ。」
そんな俺らの会話を周囲の奴らが息を潜めて見ている。
その視線に耐えられなくなったのか、
「分かった。」
と、小さく言って牧野が立ち上がった。
最上階のランチスペースは休憩に入った社員で程よく混み合ってきていた。
牧野が「これがいい。」と言ったざる蕎麦セットを2つ頼み、一つにはこいつの好きな杏仁豆腐も付けてやるのを忘れない。
外の景色が眺められる窓側の席に2人で並んで座ると、早速蕎麦を食べ始める牧野。その姿だけを見れば特に落ち込んでいる様子もない。
黙々と蕎麦を食べ終わった頃合いを見計らって俺は言った。
「あいつのネット記事見たか?」
「見た。」
「あーいう記事は所詮面白おかしく書いてるから、あんまり気にすんじゃねーぞ。
俺だって散々書かれてきたけど、その99%はデタラメだからな。」
「写真も撮られてるのに?」
「あれも、一瞬近づいた瞬間をカメラに撮って、さもずっと2人は寄り添っていた…みたいな書き方をするのが記者のやり方だからな。」
そう説明する俺に、牧野が不審な目を向けて言う。
「今日はずいぶん先輩の肩を持つじゃん道明寺。」
「あ?別にあいつの肩を持ってる訳じゃねーし。」
「ふーん。」
拗ねた顔でデザートの杏仁豆腐に口をつけた牧野は、幸せそうな笑みを浮かべてやがる。
「おまえ、…落ち込んでねーのかよ。」
「ん?」
「ショックで落ち込んでるんじゃねーかと思った。」
朝、あの記事を見てからずっと、早くおまえのところに来たいと思っていた。
二階堂の肩なんて持つ気はさらさら無いけれど、落ち込んでいるはずのこいつを一人にしたくない。
「落ち込んでたよ。」
牧野が小さく呟く。
やっぱりか……、
そう思った俺に、牧野はいつもの笑顔で言った。
「けど、誰かさんのおかげで気持ちも晴れたわ。
わざわざランチに誘って慰めようとしてくれたんでしょ?
デザートまで奢って貰っちゃったしね。」
「今度、俺に奢れよ。」
「道明寺財閥の御曹司がそう言う事言わない。」
「サラダ、ドリンク、デザート付きだからな。」
「はいはいっ、仕事に戻るよ。」
そう言って笑ったあと、牧野の携帯が短く鳴った。
メールか。
携帯を開いて確認した牧野は、すぐにパタンと閉じポケットの中へ入れる。
「二階堂からか?」
「うん。」
「なんだって?」
「会いたいって。」
それだけ言って牧野が「さぁ、仕事に戻るよ。」と立ち上がる。
そんなこいつの腕を取って、咄嗟に俺は言っていた。
「牧野、…あいつはやめておけ。」
「え?」
「二階堂は、ダメだ。」
「なによそれ。この間は、好きって言って今までの関係から抜け出してこいなんて言ってたくせに。」
「いや、だからっ、」
ズルズルと生ぬるい関係を続けてきた牧野とあいつが、最近少しずつ距離が近くなっている。
早くそうなれよ…と思っていたはずなのに、いざキスや旅行の話を聞くと、耐え難い感情に襲われるのも事実で。
二階堂も牧野の事を友達以上として見ているのは間違いないから、いつ告白してもおかしくない。
そうなれば、本当に2人の関係が変わるのも時間の問題だ。
「道明寺、心配しすぎ。」
「あ?」
「あの記事のことで、先輩の事また悪く思ってるんでしょ?」
「……。」
「明日会って、先輩からきちんと話し聞いてくるから。」
おまえはやっぱり分かっちゃいねぇ。
俺が心配なのは、
おまえがあいつの物になっちまう事、ただそれだけだ。
9話につづく。
⭐︎エピローグ⭐︎
課の同僚と遅めのランチをとるために、最上階のランチスペースにきた。
今日は何を食べようかな…とメニューを見上げていると、
食べ終わって帰っていく女子社員の話し声が耳に入ってきた。
「ねぇ、あの2人何話してたんだろうね。
道明寺さんの顔、マジでヤバかった!」
「あたしもそれ思った!あんな風に優しく笑うんだって。」
「あれを間近で見れる牧野さんが羨ましい。
私も英徳大に通っていたら、もしかしたら道明寺さんの後輩としてあんな風に隣に座ってランチ出来てたかもしれないのにーー!」
そんな風に話す女子社員に、あたしはクスッと笑いながら心の中で呟く。
『ダメよ、期待しちゃ。
あの顔は、つくしにしか見せない司の顔だから。』
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