「司、」
「あ?」
「あそこにいるの、牧野じゃね?」
総二郎の指差す先には大学のカフェテリア。
その入り口に、壁に背中を預けながら本を読んでいる牧野の姿。
それを見た瞬間、俺は呟いていた。
「やべぇ、忘れてた。」
「またかよ。」
類が呆れた顔で俺を見る。
「総二郎っ、今日の約束だけどよ、」
慌てて総二郎に言い寄るも、
「無理だぞっ、今更ドタキャンはダメだからなっ。」
と、速攻却下。
俺はその総二郎の言葉にため息を付きながら天を見上げた。
これで連続3回目。
俺が牧野との約束をドタキャンするのは。
今日は、前回のキャンセルの穴埋めを兼ねて、映画に行く約束をしていた。
牧野が珍しく見たいと言ってた映画。
わざわざ、バイトのシフトを変更させて俺の予定に合わさせた今日。
それなのに………完全に忘れてた。
………やべぇ。
よりによって、このあと総二郎たちと約束しちまった。
今更ドタキャンするなとお祭りコンビが睨んでやがる。
このまま牧野のことを見なかった振りをして、回れ右でもするか?
そんなことを考えてる俺を横目に、
「まーきの。」
と、能天気に声をかける類。
「花沢類。」
類の声かけに嬉しそうに顔をあげる牧野。
その視線が類を見つめたあと、まっすぐに俺へと移される。
「道明寺、……」
こいつがその先を言う前に、
すかさず、
「わりぃ。今日、予定が入った。」
と、視線を逸らして詫びる俺。
「はぁーー?」
一気に不機嫌になったこいつは読んでた本をパタンと思いっきり閉じ、得意の仁王立ち。
「しょーがねぇだろ。」
「なにがっ?!会社の手伝い?」
「あ……」
『ああ。』、そう言いかけた俺の言葉を遮るように、バカ総二郎が口を開く。
「司は俺たちと合~コン。」
陽気に語尾をあげて言うその言葉に、牧野の冷たい視線が痛い。
「しょーがねぇだろ。こいつらが勝手に俺の名前使って女たち集めやがったから、行かなきゃなんねーんだよ。」
「あたしとの約束は?」
「…………。」
「信じらんないっ……。」
「……まぁ……また今度にするか?」
前回も前々回も使った逃げの台詞。
「……はぁーー。……分かった、もういい。」
怒りを通り越して、すげー呆れた顔で俺を睨んだあと、クルッと踵を返してカフェテリアを出ていく牧野。
そんなあいつを見ながら俺は思う。
約束も3回連続ですっぽかすと怒りも沸き起こらねぇらしいな…………。
高校からエスカレーター式に英徳大学へと進んだ俺たちF4。
1つ下の牧野も同じように英徳に進み、同じキャンパスで過ごすようになって2年。
高校の時から数えると3年目に突入した、
牧野と俺の、「彼女」「彼氏」の関係は、
今も継続中。
はじめは幼稚な赤札遊びだった。
俺が牧野に仕掛けた赤札に、全校生徒が乗っかり、盛大な嫌がらせを受けたあいつ。
それでも、怯まず、時には俺に歯向かい立ち向かってくる牧野に、俺は徐々に興味をもって行った。
はじめて女に対して、
『面白れぇやつ』『目が離せねぇ』『側にいろ』
そう感じた俺は、いつしか牧野を特別扱いするようになり、そんな俺らのことを周りも認めはじめ、次第に牧野のことを俺の『彼女』として扱うようになった。
あいつにとってはその方が都合が良いだろうし。
敵だらけの英徳の中で、俺の『彼女』という称号はすげぇー効き目があった。
誰も牧野をいじめることも無くなったし、気安く近寄らない。
勤勉女のあいつにとってそんな環境は一番快適なもの。
そんな俺らの関係も、もう3年目。
周囲は誰もが認める恋人同士のはずなのに、
ただ1つ厄介なことが…………。
それは、本人たちがその『彼女』『彼氏』というレッテルを持て余している現実。
俺がそうなように、あいつも分かっていねぇと思う。
俺たちが実際、どんな関係なのか…………。
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