イツモトナリデ 6

イツモトナリデ

金曜日、
あたしは一泊用の着替えが入った鞄を持って家を出た。

大阪行きの新幹線は、18時台の1番早いものを予約した。
定時で仕事を終わらせて駅まで急げば、大阪に21時には到着する。

駅からタクシーに乗り、先輩が泊まっているホテルで荷物を置いてから、軽く食事に行こうと電話で先輩が言っていた。

大阪に行くことも、一泊してくることも決めたけど、
結局最後まで肝心な事
「あたしが泊まる部屋は先輩と一緒ですか?」
と、口にする事が出来なかった。

道明寺にも、今までの関係から脱却して来い。と言われた。
今日こそ先輩に好きだと告白しようか。
それとも、先輩が言ってくれるのを期待してもいいだろうか。

期待と不安が入り混じった気持ちで出勤しオフィスに行くと、課のホワイトボードに
『16時…新しいコピー機搬入』とメモ書きがある。

先週からうちの課のコピー機が壊れていて修理に来てもらったところ、もう寿命だと言われた。
総務課に相談すると、会社全体の中でも1番古い機種を使っていたらしく、買い換えた方がいいと。

それを聞いて、同僚と小さくガッツポーズをしたあたし。
だって、隣の課の最新のコピー機は、読み取りも設定も全てAIが自動でしてくれて、同じ会議の資料を作るのにもうちの半分の時間で終了するのだ。

それと同じ機種の新しいコピー機がうちの課に来てくれれば、仕事も断然はかどるに違いない。

16時に搬入だから、取り付け時間に手間取ったとしても間違いなく17時には完了するだろう。
定時退勤には支障がないはずだ。

そう思って何も心配してなかったあたしだが、
16時を過ぎても業者がなかなか来ない。
まだかまだかと待って、17時を過ぎた頃ガヤガヤと突然オフィスが騒がしくなった。

「柴田課長ーーっ、コピー機到着しましたけどっ!」

1番歳下の山野が大きな声で課長にそう言った後、課の中に走り込んできた。
そして、思いもよらぬ事を言い出したのだ。

「あのー、それがー、コピー機10台到着してるんですが……。」

「……はぁ?」

課の全員が山野の顔を見る。

「どう言う事だ?」

「業者の方が、間違いなく10台受注したってきかないんですよっ。」

オロオロしながらそう話す山野の後ろから、作業着を着た業者の人がオフィスに入ってきて、数枚の紙を課長の方に差し出した。

「間違いなく、10台の注文を受けたんですよ。
最初は1台の注文でしたけど、そのあと訂正の電話があり、10台にして欲しいと。
さすがに、うちも10台一気に注文が入ることは滅多にないので、何度も確認したんですけど。」

業者から渡された用紙に目を通すと、間違いなく道明寺HD専用のフォームで書かれた注文書には10台の文字が。

「総務課に連絡っ!」

柴田課長が声を張り上げ、山野がオフィスを大急ぎで出て行く。
そのあとは、うちの課に総務課の部長や課長が来て業者と押し問答、それを見にあちこちの課の職員が押し寄せる。
そんな光景が1時間近くも続いた。

1台しか必要じゃない会社側と、10台用意してしまっている業者側の溝はいくら話し合っても解決しない。
どうしたら良いのか途方に暮れ始めた頃、オフィスに1人の男の人が来て言った。

「社長からの伝言です。
10台全て買い取るので、古い機種が置いてある課のものから交換してください。」

社長から?
この騒ぎを聞きつけて、社長が動いたのか。
それも、全て買い取って新しく交換してくれるなんて、なんて太っ腹!

社長からの伝言を聞いて、
「おぉーー、良かったぁーー!」
と、業者も総務課の部長や課長も大喜び。
ついさっきまで責任のなすり付け合いをしていたのに、今は手を取ってみんなで喜んでいる始末。

とにかく、良かった。
柴田課長もあたしの隣に来て、ホッとした顔で笑う。
そんな課長にあたしは小声で疑問をぶつけた。

「あの人、誰ですか?」

社長からの伝言だと言って突然現れた長身の男性を見てあたしが聞くと、

「あー、確か、社長の秘書の西田さんって言ったかな。
今は御子息の司さんの秘書も兼任してるって。」

道明寺の?
へぇー、あれが噂の西田さんね。

そう思いながらふとオフィスの壁にある時計が目に入った。
17:49分
え?え?えええええーーーーーっ!

新幹線、大阪行き、先輩との初外泊!
ちょっとぉーーー、このドタバタで完全に忘れてしまっていたのだ。

問題が解決してニコニコと嬉しそうな課長の横で、
あたしは死にそうな顔で蹲った。

7話につづく

⭐︎エピローグ⭐︎

16時を過ぎたあたりから、何やらオフィスが騒がしくなった。
総務課の課長が慌てて走って行く。

どうしたの?
同僚にそう聞くと、
「経理課のコピー機が今日届くんだけど、手違いで10台届いちゃったらしいよ。」

なんというミス!
コピー機10台なんて絶対いらないでしょ。

経理課のオフィスにコピー機10台置かれた光景を想像して、爆笑しそうになったあたしは、ふとそのドタバタに巻き込まれているつくしの事を思い出す。

あら、あの子、
今日は二階堂先輩との初お泊まりで大阪に行く日よね?
定時で退勤して、新幹線に飛び乗る予定よね?
そんな日に限ってこんな珍事件が勃発するなんてツイテないわね…。

そう思った瞬間、もう1人の親友の顔を思い出す。
つくしを大阪まで呼びつけた二階堂先輩の事を良く思っていないはずの司。
まさか、まさかよね?

つくしの大阪行きを阻止する為に、こんな大掛かりな悪戯を仕掛けるだろうか。
いや、あの男ならやりかねない。

半信半疑で事の成り行きを見守っていたあたしの耳に、一つの情報が入ってきた。

社長の秘書の西田さんが、社長からの伝言だと言って
「全部買い取る。」
と、言ったと。

やっぱりそうだ。
犯人は司に違いない。
信じらんない、あのバカ。

そう思いながら一人爆笑しているあたしを、
同僚が不審な目で見つめていた。

end

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コメント

  1. はな より:

    なんとしても阻止!!
    司君ガンバって!

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