滋の部屋を出たのは、いつもよりも1時間も早い21時を過ぎた頃だった。
ビールと梅酒をがぶ飲みした牧野は、案の定酔っ払い、かろうじて起きてはいるが足元はふらふら状態。
それでも電車で帰ると言って聞かないこいつを、俺は無理やりタクシーに詰め込んで、自分もその隣に座った。
タクシーが走り出すと、間もなく小さな寝息をたてて眠りに入った牧野を見て、
「ったく、世話の焼けるやつだな。」
と、愚痴ってやると、
それに抗議するかのように、
俺の肩にトンと身体を傾けて
「着いたら教えて。」
と、呟く牧野。
おまえ、覚えてるか?
これで2回目だぞ?
何年か前の忘年会時期に、酔ったこいつから珍しく電話があった。
出ると、
「どぉーみょーじ、今どこ?」
と、聞き慣れない牧野の声。
「新宿で呑んでる。おまえ、どうした?」
そう聞き返すと、
「新宿?あたしもその近くにいるの。
一緒に…かえろー。」
明らかに酔ってるこいつ。
「酔ってるのか?」
「ん、正解!」
「どこにいる?一人か?」
「経理課のみんなと一緒。これから三次会に移動するところ。あたしも行くけど、道明寺が帰るときに、拾って行って。」
どうやら、俺にこんなお願いをしてくると言う事は、相当酔ってる自覚があるんだろう。
「俺は今から帰るつもりだから、三次会は諦めてそこで待ってろ。」
俺はそう言って、自分が参加していた三次会をこっそりと抜け出して、牧野がいる場所へタクシーを飛ばした。
あの時も、タクシーに乗るなり、俺の身体に寄り掛かるようにして眠っちまったこいつは、結局マンションの部屋まで俺が担いで連れて行った。
初めて入る牧野の部屋。
ベッドにゴロンと寝かせると、
「水でも飲むか?」
と、聞いてやる。
すると、トロンとした目で俺をみて牧野が言った。
「先輩……。」
寝ぼけてるのか、酔ってるのか、
1番、間違えて欲しくねぇ名前で俺を呼ぶ。
そんなこいつのおでこに軽くデコピンをしてやると、
「んっ、痛っ……あぁー道明寺だぁ。」
と、ようやく俺と焦点が合う。
「おまえが呼びつけておいて、今頃俺だって気付いたのかよ。」
「へへっ、そうだった。」
ニコッと笑う牧野の顔がいつもより幼い。
「俺が出て行ったら、ちゃんと着替えて寝ろよ。」
「ん。」
「明日、二日酔いが辛かったら早めに薬買って飲め。」
「ん。」
「…じゃあな。」
コクコクと頷く牧野を見ながら、
俺は片手をあげて部屋を出た。
今日はあの日と同じように、タクシーの中で俺の隣には牧野が眠っている。
また部屋まで担いで行くことになりそうか?
そう思っていると、マンションまであと10分くらいというところで牧野の目が開いた。
「起きたか?」
「うん。」
「あと、10分ぐらいで着くぞ。」
そう言うと、俺の身体に寄り掛かっていた自分の身体を慌てて直し、
「ごめん。」
と、小さく呟く。
いつもはこんな風に乱暴な呑みかたをしないこいつが、呑めない梅酒にまで手を出すなんて。
どうせ、グダグダ考えてたんだろバカ。
隣の牧野をじっと見つめてやると、その視線に気付いたのか、牧野も俺を見る。
「ん?」
「おまえさー、……」
「なに?」
こういう事を言い始めたら、余計なことまで言いそうだから今まで黙ってきたけど、これから先も酔っ払ったこいつを送り届けるのが俺の役目になるとしたら、それはごめんだ。
「大阪、行くのか?」
「……、迷ってる。」
「行けよ。」
「え?」
「行ってこいよ。あいつが好きなんだろ?
それなら、行って今までの関係から脱却して来いよ。」
そしたら、俺も清々する…なんて余計なことまでは言わない。
言ったって、こいつに理解はされないし、自分の感情をコントロールすることには慣れたから。
牧野のマンションが見えてきた。
どうやら今日は部屋までは行かなくて済むようだ。
そう心の中でホッとしながら、あの日のことをまた思い出す。
牧野を送り届けたあの日。
ベッドに寝ながら俺を見つめてニコッと笑ったこいつの顔が頭から離れなくて、明け方まで眠れなかった。
そんな俺に、
「昨日はありがとう。言われた通り、二日酔いの薬を飲んで寝たから、今朝はすっきり目覚めました。」
と、メールがきて、
「誰のせいでこっちは寝れてねーと思ってんだよ。」
と、小さく悪態をついた。
6話につづく
⭐︎エピローグ⭐︎
酔って足元が少しおぼつかないつくしを連れて、司がタクシーで帰って行った。
いつもうちに遊びに来る時は、電車で帰る二人。
つくしはここから3駅、司は4駅離れた所に住んでいる。
あたしが住んでいるこの高層マンションは道明寺財閥が所有する不動産だから、司もこのマンションに住めばいいようなものなのに、そのつもりはないようだ。
その理由は、
司に聞いたこともないし、聞いても言う気はないだろう。
そんな司が唯一、今日みたいな時にだけはっきりとあたしに言う。
「牧野のこと、俺が送っていく。」
end
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コメント
すごく面白いです!
続きが待ち遠しい~