いつも昼食は自作の簡単なお弁当だけど、今日は寝坊をして作る時間がなかった。
だから、久々に社食で豪華なランチを食べようか…。
ウキウキしながら最上階のお洒落なランチスペースに行くと、1番奥の席に道明寺と滋さんが座っているのが見えた。
デミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグセットを持ち2人の側まで行くと、
「あれっ?つくし珍しいじゃん。」
と、あたしを見て驚く滋さん。
「お弁当作る時間なかったの。」
「何?寝坊?
それとも朝帰り?」
相変わらずおかしな事を言う滋さんの隣に座り、あたしは道明寺に言う。
「今日は会食?」
今日の道明寺のスーツの胸元には道明寺HDの社員バッジが輝いている。これが付いている時は社長と一緒に会食かパーティーに出席する時と決まっている。
「……いや。」
なぜか歯切れの悪い返答をする道明寺。
そんな道明寺を見てクスッと笑いながら滋さんが、
「デートなのよ。」
とあたしに言う。
「えっ?デート?」
「そう、◯◯建設のご令嬢とデート。」
「滋、うるせぇ。」
「なに?つくしに言っちゃまずかった?」
「おまえの地獄耳が恐ろしい。」
滋さんはいつもそうだ。
どこから仕入れてくるのか、あらゆる人の情報を持ってくる。
その犠牲者の1人が道明寺で、いつも弱いところを突いてくる。
今日の道明寺は黒の高級そうなスーツ。
デートの相手とはまんざらでもないのかもしれない。
「その相手ってどんな人なの?」
興味が湧いて聞いてみると、
「帰国子女らしいわよ。
それも、幼稚園から大学までずっと女子校の超箱入り娘。
司とは何度かパーティーで顔を合わせてたみたいで、そのクールでミステリアスな雰囲気に一目惚れしたって。」
「クールでミステリアス?」
笑いを堪えながら聞き返すと、
「そう、クールでミステリアス…ぷっ。
ただ単に、そのパーティーが面倒臭くてつまらなかったから仏頂面してただけだと思うけどね。」
と、滋さんも爆笑。
「おまえ、もう喋んな。」
「なんでよー。
で、どこでデートなの?」
「デートじゃねって。仕事の付き合いで行くだけだ。
それに、ババァも向こうの親父も一緒だし。」
「それって、もう顔合わせじゃない。
式の日取りまで決めてきたりして。」
道明寺と滋さんの絶妙な掛け合いはいつ聞いていても飽きない。
知らない人が聞けば、喧嘩をしているように聞こえるかもしれないけれど、長年一緒にいるあたしにとっては、
このテンポのいい会話が心地よくてたまらない。
だから、ハンバーグの最後の一口を口に入れながら、あたしはつい言わなくてもいい事を言ってしまう。
「お似合いだよね…。」
「ん?
つくし、司のデートの相手、見たことあるの?」
「あっううん、違う違う、そうじゃなくて。」
慌てて否定するあたしをじっと見つめる2人。
その視線に負けて、その先を言う。
「道明寺は、そんなお見合いみたいなデートしなくたって、近くに滋さんっていうお似合いの相手がいるのになぁと思って。」
「あ?」
「いつも一緒にいるし、息もぴったりでしょ。」
キョトンとした顔であたしを見つめた後、
2人が一斉に騒ぎ出す。
「おまえ、ふざけた事言ってるとクビにするぞ。」
「つくし、あたしの将来ぶち壊す気?」
甘い雰囲気は確かに皆無の2人だけど、こういうテンポだけは息ぴったりなのだ。
「もう、食う気が失せた。」
そう言って、滋さんのランチプレートに、自分の手付かずのサラダを乗せる道明寺。
そして、あたしのプレートには、デザートの杏仁豆腐をコトンと置いて
「先に行くぞ。」
立ち上がる。
その道明寺の背中に向かって、
「あたしも杏仁豆腐の方が良かったーーっ。」
と、叫ぶ滋さんに、振り向かずに道明寺が片手を上げた。
3話につづく
エピローグ
最上階にあるランチスペースは大企業のお昼を支えるだけあって、豪華でお洒落なランチが格安で食べられる。
洋食、和食、中華はもちろん、セットメニューにはサラダ、デザート、ドリンクと至れり尽くせりなのだ。
今日のあたしのランチはドリアとアイスコーヒー。
司は、夜に会食があるからとホットサンドのランチプレートを選んだ。
ランチプレートにはデザートが付いていて、今日のそれは杏仁豆腐。
甘さ控えめで、口の中で蕩ける柔らかさが極上で、
向かい合って座る司に、
「いいなぁ、杏仁豆腐。」
と、にっこり微笑んでみる。
デザートにさほど興味のない司だから、くれるかもしれない。
そんな期待に胸を膨らませたあたしに、
「あれ、牧野じゃね?」
と、入り口を指差して言う司。
3人集まれば、相変わらず心地よいテンポの会話が流れて、
今日も、つくしの言った一言にあたしたち2人がキレるというオチがついたところで、司が残っていたサラダと杏仁豆腐をあたしたちのプレートにコツンと置いた。
あー、あたしが食べたいって言った杏仁豆腐はつくしのプレートに。
あたしへの意地悪なのか、それとも、
つくしがこの杏仁豆腐を大好きだって知っててやったのか。
とにかく、相変わらず
憎たらしい司めっ。
end
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