あたしにはここ3年ほど、彼氏がいない。
いや、彼氏どころか好きな人さえ出来ない。
それは確実に、目の前に座る彼のせい。
大学のカフェテリア。
講義の合間にコーヒーブレイクに来た私は久しぶりにここで彼を見た。
去年ここを卒業したはずの彼が、この場所にいるということは、間違いなく目的は一つ。
そう、愛する彼女との待ち合わせ。
見るからに上質なダークブラウンのセーターに身を包み、コーヒーを片手に窓の外を見る姿は、本当に絵画のように綺麗。
案の定、その美しさに誰も近付くことも出来ず、彼の回りだけ切り取られたように浮いていた。
「道明寺さん。」
「おう、三条か。」
そう言った彼の顔は少しだけ残念そうにみえたけど、すぐに優しい笑顔を見せてくれた。
「先輩と待ち合わせですか?」
「ああ。……おまえは?」
「私は午後からの講義前にちょっと休憩です。
ここいいですか?」
四人掛のテーブル。道明寺さんの正面の椅子を指差して言う。
「ああ。」
そう言って道明寺さんが笑った。
ここ数年で、道明寺さんの雰囲気は更に柔らかくなった。
会話の合間に見せる優しい表情がほんとに綺麗で、何度も目を奪われる。
昔のツンケンして荒くれていた時でさえ好きだったのに、今のクールで人を寄せ付けない雰囲気に時折見せるこんな優しい表情がプラスされたら、どんな男も敵わないと思う。
だから、私には彼氏が出来ないんだ。
こんな人を間近で見せられたら、他の人に目が行くはずがない。
もう、好きだという恋愛感情は全くないけど、これ以上の人に出会えるわけがない。
でも、目の前の彼はそんな私の嘆きも知らず、もう何年もたった一人しか見ていない。
脇目もふらず、寄り道もせず、ただひたすら彼女だけを愛している。
「道明寺さんと先輩って、付き合ってもうどのくらいですか?」
二人きりでこんな会話をするのははじめてかもしれない。
「あ?……たしか5年か。」
「……長いですよね。」
「そうか?」
そう言って少し笑ってコーヒーを口にする道明寺さん。
そんな彼に、私は今まで聞いてみたかったことを口にした。
「……飽きたりしません?」
「あ?……どういう意味だ?」
「だから、そのぉ、一人の人とそれだけ長くお付き合いしてると、飽きるというか、ラブラブ感がなくなるというか、そう、空気のような存在になっちゃう……みたいな?」
自分でも何が言いたいのか分からなくなって、最後の方は支離滅裂になったけど、
そんな私の質問に道明寺さんは真剣な顔でこう聞き返してきた。
「女にとって5年は長いか?」
突然の質問返しに戸惑っていると、
「一人の男じゃ、飽きるか?」
更に、そう聞いてくる。
だから、私は、
「いえ、そんなことはないと思います。
それに、道明寺さん相手に飽きるような女性はいませんよ。」
そう答えると、また彼がクスッと笑ってコーヒーを一口飲んだ。
そして、
「そうでもねーんだわ。
俺、あいつの前ではかっこわりぃとこたくさん見せてきたし、情けねぇとこも見てるだろうからな。
もう、飽きてるかもしれねーな。」
そう言ってクルクルの頭をくしゃっとかき混ぜた。
その時、カフェテリアの入り口から先輩の姿が見えた。
私たちの方に気付いた先輩は、ニコっと笑い小走りで近寄ってくる。
「桜子もいたんだー。道明寺待たせてごめんね。」
そう言って、道明寺さんの隣に鞄を置くと、首に巻いているマフラーをぐるぐると取りながら椅子に座る。
「先輩、こんなところに道明寺さんを待たせてどこに行ってたんですか?」
「図書館。課題の提出がもう少しだから、調べものしてて。」
そう話す先輩の頬には珍しくニキビが一つある。
「おまえもコーヒーでいいか?」
コクンと頷く先輩を見て、道明寺さんが席をたった。
「先輩、最近忙しいんですか?
滋さんが、全然かまってくれないって怒ってましたよ。」
「ふふ……。ごめんごめん。
でも、ほんと忙しいの。
やることがいっぱいで、体がついていかない。」
そう話す先輩に戻ってきた道明寺さんがコーヒーを差し出した。
「ありがと道明寺。
でも、滋さんとは先週会ったばかりなんだけどな……。」
そう言ってコーヒーに口をつける。
そんな先輩をじっと見つめていた道明寺さんが、突然先輩の頬に手を当てた。
そして、親指で小さな赤いニキビを優しく触る。
「いてーの?」
「え?あ、ううん。もう治りかけ。
最近、道明寺に付き合って邸の食事ばかり食べてたから、つい食べ過ぎて出来ちゃった。」
恥ずかしそうにニキビに手をやる先輩。
それを
「さわんなって。」
そう優しく言ってその手を阻止する道明寺さん。
それなのに、彼の手はそのまま先輩の頬に置かれたまま。
見てるこっちが恥ずかしくなるほど、道明寺さんの視線は先輩へまっすぐ。
「道明寺、時間大丈夫?」
「おう、そろそろ行くか?」
「桜子、ごめんね。またゆっくり会おう。」
「はいはい。いってらっしゃい。」
先にコートを着た道明寺さんが、先輩の首にマフラー巻いてあげる。そして、ストレートの黒髪をマフラーから引っ張り出し、その大きな手で整えていく。
私はさっき自分が発した言葉を思いだし、クスッと笑みがこぼれた。
「飽きないですか?」
その答えが今目の前の二人だと思う。
年を重ねるごとに増してきて、付き合って5年目の今が、一番ラブラブかもしれない。
波乱万丈あった彼らの付き合いは、今まさに成就しようとしている。
来月、先輩の卒業を待って、彼らは正式に婚約する。
あたしの初恋にもピリオド。
寄り添ってカフェテリアを出ていく二人を見て私は思った。
そろそろ新しい恋でもしようかな…………。
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コメント
ああ素敵
このお話もステキ~