体育館に着いたのは、集合時間の10分前だった。
今日は今季のバレー大会の中では一番大きな試合。
20校近い学校がエントリーをしていて、観客席もほぼ満席。
普段なら1時間も前に家を出て、体育館で生徒たちが集まるのを待っているはずなのに、今日のあたしは……。
昨夜は道明寺先生と一夜を過ごした。
泊まる展開になるなんて、あたし自身が一番驚いている。
3年ぶりに見つめあって、触れ合って、愛し合った。
そして、朝目を覚ました途端、現実に引き戻されて、
部活の大会に遅れると飛び起きたのだ。
慌ててホテルのシャワーを浴び、マンションに戻り、ジャージに着替えて体育館まで車を走らせて来た。
あたしの髪からはホテルのシャンプーの香りがする。
それだけで、道明寺先生との甘いシャワータイムを思い出し、身体の奥が熱くなる。
そんなあたしの前に、バレー部の部員たちが続々と集まり出した。
うちの学校は第一試合から強豪と当たっている。
それを乗り切れば、準決勝まではいけるかもしれない。
甘さに浸っている脳内を切り替えて、
「さぁ、気合入れて行くよっ!」
と、生徒たちに声をかけた。
……………
第一試合、第二試合を順調に突破し、
いよいよ午後からの準決勝に向けてコートでウォーミングアップをしていると、
なぜだか、客席が一瞬妙な静けさに包まれた。
あたしも何気なく客席に目をやると、帽子を目深にかぶった長身の男性が空席を探して歩いている。
バレーの大会なんだから、長身の男性なんて珍しくも無いのに、なぜかその男性の雰囲気に周囲が目を惹きつけられているのがわかる。
そして、あたしはその彼の歩き方や仕草ですぐにわかった。
まさか、道明寺先生?
ひとつだけ空いていた後ろから三列目の席に座った彼は、周囲が見ているのにも構わず、被っていた帽子を取った。
ビンゴ!
あたしを真っ直ぐに見つめる道明寺先生と目があった。
なんで?どうしてこんな所まで来たのよ。
昔とは違って、今は道明寺財閥の御曹司として有名になった彼。
周囲の人も気付いたのか、コソコソと道明寺先生を見て驚いている様子。
そんな周囲の様子にもお構いなしに、道明寺先生は片手で帽子をクルクルと遊ばせながら、あたしを見てニコッと笑った。
その瞬間、
会場にピピーっと笛が鳴り響き、準決勝の始まりが告げられた。
………
準決勝の相手は去年の覇者。
アタッカーが揃っていて、今まで4戦したことがあるけれど一度も勝てたことがない強敵だ。
案の定、第一ラウンドから6点のリードを許し、終始主導権を握られたまま試合は負けた。
生徒たちになんて声をかけようか…とベンチに戻ってきた彼らに近付くと、意外にも表情が明るくてホッとする。
「お疲れ様。よく頑張ったよ。」
「あ゛ーー、負けたぁーー。
悔しいっす。けど、ここまで接戦で戦ったのは初めてですよね?」
「そうだね、あとはサーブでもう少し相手を崩せたら、1試合は奪えてたかも。」
そんな会話をしていると、後ろから
「お疲れっすー。」
と、声がした。
振り向くと、そこにはバレー部OBの河野の姿。
卒業してからも部活の練習や大会には顔を出してくれる彼は、生徒たちとも顔見知りだ。
「河野、来てたの?」
「はい。上から見てました。」
そう言って客席を指さした河野が、何かを見つけたように一瞬固まったあと、
「牧野先生、あれって……」
と、一点を見つめてあたしに呟いた。
その視線の先には道明寺先生。
道明寺先生との出会いは、確か河野が白百合学園の生徒とホテルに入る所を指導されたのがきっかけだった。
「道明寺先生じゃないですか?」
「…ん?そう?」
曖昧に答えるあたしに、河野はニヤリと笑いながら
「どうして、道明寺先生がここに?
もしかして、牧野先生に会いにですか?」
と、聞いてくる。
そんな会話を部員たちも聞き付けて、
何?何?何?
と、興味津々に客席を見つめる。
すると、次の瞬間、
そんなあたしたちに向かって道明寺先生が
手を振ったのだ!
咄嗟に赤くなった顔を下に向けるあたしと、
嬉しそうに手を振り返す河野。
そして、
「なに、あのイケメンっ!」
と、騒ぎ出す部員たち。
あたしたちは、つい数分前に負けを期した学校の生徒たちなのに、勝ったチームよりも騒々しくて、審判員から
「次の試合が始まりますので…」と、注意を受けるほど。
「牧野先生、あのイケメンは誰ですか?」
「こっちに向かって手を振ってましたけど知り合いですか?」
生徒たちにそう突っ込まれながらも、あたしは部員たちを引き連れてコート場を出て、控え室に移動していると、
廊下の角を曲がったところで誰かと正面からぶつかった。
「あっ、ごめんなさいっ!」
慌てて謝るあたしに、頭上から
「前を見て歩けよ。」
と、優しく声が響いた。
その声は間違えるはずもない、道明寺先生。
「…来てたの?」
「試合、惜しかったな。」
「…うん。」
そう会話をするあたしたちの後ろから、部員たちが雪崩れのように押し寄せてくる。
そして、
「こんにちはーっ!」
と一斉に道明寺先生に頭を下げ、
「誰?誰?誰ですか?」
と、騒ぎ立てる。
「うるさーいっ、ほら控え室に移動っ!
着替えたら、15分後に玄関ロビーに集合ね!」
部員たちの好奇心を鎮めるために大声を張り上げてそう言ったあたしの努力も、河野がぶち壊す。
「道明寺先生、帰国してたんですね。
牧野先生に会いに来たんですか?」
「…おう。」
「へぇーーー。」
その会話に部員たちが黙っているはずがない。
「えっ?えっ?
もしかして、牧野先生の彼氏ですか?」
「彼氏いない歴イコール年齢だって言ってたの誰だよっ。」
「処女だっつー噂は?」
好き放題言いまくる部員たち。
もう、あたしの恋愛事情を面白おかしく騒ぎ立てるのは、彼らの日常茶飯事だ。
そして、そんな部員たちを片っ端からグーでパンチをしてやるのもあたしの日常。
けれど、今日はいつもと違った。
部員たちをパンチしているあたしの身体が、後ろに引き寄せられ大きな体に包まれた。
そして、
「おまえら、俺の彼女を苛めんなよ。」
と、低く甘い声が響いた。
次の瞬間、
ヒューだの、ウォーだの、ワァーだの、
部員たちの声にならない歓声が響き、
あたしは思いっきり、
「うるさーいっ!」
と、叫んでいた。

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