セカンドミッション 32

セカンドミッション

『婚姻関係を結んだれっきとした夫婦』

ババァがカメラを構えた大勢の報道陣の前で、
胸を張り、まっすぐと前を向いて言い切った。
それは、まるで俺らに言うように…………。

会見はほんの10分程度だった。

「……長塚先生、どういうことですか?」
俺よりも先に口を開いた牧野が、静かな口調で問いかける。

そう聞かれるだろうと予想していたかのように、長塚氏は俺らの方に体を向き直り、ゆっくりと話はじめた。

「今、ご覧になった会見の通り、お二人は今も婚姻関係で結ばれております。」

「どういうことだよっ!」
声を荒げた俺に牧野がそっと手を添える。

「こちらをご覧ください。」
長塚氏がそう言って足元の鞄から書類を取り出して俺らの前に広げた。

それは、俺と牧野が書いた二通の離婚届け。

「6年前、お二人がお書きになった離婚届です。
こちらは司さんが、そしてこちらが牧野さんが。
お互いご自分で書いてから相手へ渡してほしいと楓氏に託していかれましたね?」

当時、すぐにNYへ飛ばされることが決まった俺は、牧野の最後の願いである離婚届に身を引き裂かれる思いで判を押した。
そして、「牧野に渡してくれ」とババァに頼んで日本を立った。

「お二人は自分の書いた離婚届に相手もサインをして提出したと思っていたでしょうが、実際は楓氏の手元に残されたままになっていました。
ですので、離婚は成立しておりません。」

頭がついていかねぇ。
それは隣に座る牧野も同じようで、
「えっ、えっ!えっー?
そんなっ……でもっ……」

牧野が慌てれば慌てるほど、逆に俺は冷静になっていく。
「俺らを騙してたってことかよっ。」

「騙した……そう言ってしまえばそうですけど、すべて我が子が可愛くてやったことのように私には思います。
離婚の件については楓氏だけでなく、牧野さんのご両親も知っておいでです。」

「うちのママとパパも……」

「楓氏にはどうしてもお二人が嫌いになって別れたとは思えなかった。むしろ、愛し合ってるからこそ時間が必要だったと。
だけど、あの当時のお二人は若すぎたゆえ、結論を急いでしまったことに、深く悲しんでおられました。
そして、手元に残された二通の離婚届を見て、それをどうしても一通にすることが出来なかったようです。

もちろん、最初から騙して離婚を偽造しようとは思っていなかったはずです。
だから、牧野さんとは離婚後についての話しあいや慰謝料についての相談もしていたようですが、あなたは一切受け取らなかった。」

「もちろんですっ。離婚を言い出したのはあたしなのに、慰謝料なんてもらう権利ありませんっ。」

「フフ……楓氏は牧野さんのそういうところが気に入っていたんでしょうね。
離婚したあとは養子にでも迎え入れたいと思っていたぐらいに。」

「あ?養子!ふざけんなっ。
夫婦以外で家族になってたまるかっ!」

俺がそう声を張り上げたところで、ちょうどよく西田がコーヒーを持って部屋に入ってきた。
「少し休憩しましょうか。」
長塚氏がそう言ってソファの背もたれに体を預けた。

まだまだ聞きたいことは山のようにある。
「おいっ、西田。おまえは知ってたのかよ。
俺らが離婚してねーってこと。」

相変わらずの無表情でコーヒーをテーブルに置きながら
「いえ、先程の会見で知りました。……が、」

「が?」

「司様が日本帰国の際、マンションを探しているときに楓社長からどうしてもここにするようにと、あのマンションを指定されました。
その際、ラストチャンスだから……と呟いていたのを思いだし、このことだったのかと……。」

「すべてババァに仕組まれてたってことか。」

聞けば聞くほど無償に腹が立つ。
操られていたこともそうだが、この6年俺がどんな思いで牧野を忘れようと努力してきたか……。

それなのに、いきなり隣の牧野がでけー声で、

…………笑いだした。

アハハハー、ぷぷっ……へへへー。

涙まで浮かべて笑ってやがる。

「バカ女っ。なに笑ってんだよ。
騙されたんだぞ?親でもやっていいことと悪いことがあんだろっ。
笑ってねーで怒れよっ。」

それでも、プハハハっ、ぷぷ……と笑ってる牧野。
そして、
「戸籍は?戸籍はどうなってるんです?」
当たり前のことを長塚氏に聞いている。

「もちろん、道明寺家に入っているよ牧野さん。いや、正確には道明寺つくしさんだよね。」

「……はい。いや、もともと道明寺つくしなんですけど、牧野って名乗ってただけで、でもやっぱり道明寺つくしなんですよね……ぷぷっ」

訳わかんねぇことをぐちゃぐちゃ言いながら長塚氏と顔を見合わせて笑ってやがる。
「なんだよ、もともと道明寺とか、牧野って名乗ってたとか、意味わかんねーんだよっ。」

笑いがおさまらねぇ牧野に代わって長塚氏が、「司さん、牧野さんは今でも、いや、離婚してからもずっと道明寺つくしだったんですよ。」

「あ?」
ますます訳がわかんねぇ。

「婚氏続称の届はご存じですか?
離婚したあとも、女性がそのままの姓を名乗る際、出す届でのことです。
離婚の際、すでに道明寺の名で大学への入学も済ませていた牧野さんにとって、いくら知られていないとはいえ、姓を変えることは離婚そのものよりも、逆に道明寺家と結婚していたことが知られてしまう。
そこで楓氏と相談して大学を出るまでは道明寺の名を名乗るときめたそうです。
しかし、優秀だったあなたは在学中に司法試験を突破してしまった。
そして、そのままの流れで私の事務所に就職が決まった。
書類上はすべて道明寺つくしになっていましたが、『道明寺』という名はどこへいっても道明寺家を連想させます。
そこで、事情をしっている私たちは普段から牧野さんと読んでいました。」

「つまり、あたしは離婚してその届け出をだしたから道明寺つくしなんじゃなくて、離婚してないから道明寺つくしってことですよね?」

「そういうことです!」

まるで、ハイタッチでもするかのような勢いで、お互いを見つめあう牧野と長塚氏。
俺は深くため息をつくと、それを見た長塚氏が、

「楓氏は牧野さんに離婚の際、ある条件を出しました。
どうしても慰謝料を受け取らないと申し出た彼女に、司法試験の資格を取るまでの授業料と生活費、また離婚に伴って自分で払っていかなければならない税金やその他もろもろのお金について、就職するまでの間、すべて道明寺で払うといった内容のこちらの書類に、牧野さんに判を押してもらったそうです。」
そう言って1枚の紙を俺の前に置いた。

そして、長塚氏はソファに姿勢よく座り直し、
静かにこう言った。
「離婚届、名前の変更、税金などの諸事情、
すべて離婚を偽造するにはうまく整いすぎていました。
それに、お二人のご両親の想いが重なった。

…………それでも、これは決してやってはいけないことです。
お二人は楓氏を訴えることも出来ます。
そして、楓氏もそれを受け止めると申しています。
どうなさるかは、お二人でお決めください。」

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