小さな電子音で目が覚めた。
俺の腕の中でまだ眠っている牧野の姿を見て、昨夜のことが頭をよぎる。
一緒にシャワーを浴びながら我慢の限界に達した俺は、濡れたままの牧野の体を抱き上げ、ベッドまで運んだ。
それからは6年分の想いをこめてゆっくりと優しく抱いてやるつもりだったのに…………、
無理させた自覚は痛いほどある。
隣に眠る牧野の体に残る、無数の赤い花びらのような痕を見て俺は苦笑した。
なかなか寝かしてやれなかったことに加え、この赤い痕を見てこいつはすげー怒るんだろうな。
そんなことを考えていると、またさっきの電子音がした。
たぶん携帯の音だろう。
室内の時計を見ると、午前7時。
いつもよりはゆっくりだが、仕事には充分間に合う時間だ。
だけど、今日はどうしてもやっておきたいことがあった。
ババァが滞在日程を伸ばして日本にいる間に話しておきたいことがある。
俺は後ろ髪を引かれる思いでベッドから抜け出しバスルームに脱ぎ捨てたままのズボンから携帯を取り出した。
液晶をを開くと、電話ではなくメールを知らせる文字。
そこには西田からのメールで、
「マスコミの報道が過激化してきております。
何らかの対策が必要かと。」そう入っていた。
そして、その5分後にまた
「本日の出社は何時頃になりますでしょうか?
お目覚めになりましたらご連絡下さい。」と。
プッ……俺はそのメールを読んで、吹き出した。
いつもはどんな場合でも俺が電話に出るまでしつこくガンガン鳴らしてくるっつーのに、今日はメールかよっ。
そして、俺がまだベッドで寝てるっつー設定でな。
西田には今の俺の状況なんてお見通しだってことか。出社時間を遅らせても構わねぇってぐらいに味方だってことだよな?
俺は牧野が眠るベッドに戻る途中、スイートルームのテレビをつけてみた。
そこには、見覚えのある俺らのマンションの映像が流れている。
画面の上のテロップには、
『たびたびツーショットを目撃されている都内のマンション』と書かれていて小さく俺の写真まで載せられている。
この分じゃ、牧野の仕事場もバレてるだろうし、実家もSPだけじゃ対応出来てねーかもしれない。
至急考えてた対策を取るしかねぇな。
そう思っていると、奥のベッドルームから牧野の声がした。
「道明寺?」
その声を聞いて俺はベッドルームを覗くと、
タオルケットで胸まで隠した牧野が、ベッドに起き上がっていた。
俺もベッドまで近付くと、
「起きたか?」
と言ってベッドの上に膝から乗り上げた。
「仕事、行く時間でしょ?」
「ああ。もう少しでな。」
「ごめん。遅くまで寝てて。」
「いや、起きれなくしたのは俺だからな。」
そう言って、からかうように笑ってやると、顔を赤くして俯いた。
「なぁ、牧野。
マスコミが騒ぎ出してる。
たぶんおまえの仕事場にも行ってるだろうし、このままじゃマンションにも帰れねぇ。
だからおまえに提案なんだけどよ、俺らのこときちんと公表してもいいか?
道明寺司としてマスコミに文書も出す。
そうすれば、騒ぎの一端になってるどこだかの令嬢との婚約話もあり得ねぇってわかってもらえるだろ。」
「…………。」
「今、ババァがNYから戻ってきてる。
だから、おまえが了承してくれるなら、ババァに今日話に行く。
…………おまえに、そこまでの覚悟はねぇか?」
俺は牧野の気持ちを最優先するつもりだ。
おまえがまだそこまで覚悟がねえなら、自然とマスコミが落ち着くまで待つつもりだ。
そう思ってた俺の予想をこいつは遥かに越えてくる。
「あたしもお母様に会いに行く。………道明寺をもう一度下さいって、言いにいく。」
「牧野?」
「それぐらいの覚悟は出来てるからっ。」
まっすぐに俺を見つめて言い切る牧野。
俺が好きで好きでやまねぇのは、こいつのこういう所。
金も地位もすべて手に入れた俺が、おまえの為なら何でもしてやるって言っても、いつも逃げていくくせに、いざ自分の決めたことならいとも簡単に俺の遥か上をいきやがる。
昔も今も全然変わってねぇ。
俺がこいつを選んだんじゃなくて、
俺がおまえに選んでもらったんだよな。
今回もきっとそうなんだろ?
おまえがババァに、俺をもらいに行くってことは。
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