「少し考えさせてくれ。」
道明寺先生はそう言ってあたしのマンションをあとにした。
3週間後にはNYに帰る。
それまでに、あたしはどれだけ彼に好きだと伝えられるだろうか。
そして、彼がどんな答えを出すのか……。
考えるだけでソワソワと落ち着かず、もう1時間近くベッドの上で座り込むあたし。
そんなあたしの携帯が短く鳴った。
今時珍しくショートメールだ。
開けてみると、
「着信18件には驚いた。携帯繋がらなくて悪かったな。」
と、道明寺先生から。
あたしは、今日1日で道明寺先生に18回も電話していたのだ。
自分の必死さに笑えると同時に、褒めてあげたくもなる。
こんなに恋愛に対して積極的になれる自分がいたなんて…。
もう一度、道明寺先生からのショートメールを見つめた後、
あたしは思い切って文字を打つ。
「次、いつ会えますか?」
送信してから、布団に潜って膝を抱える。
考えさせてくれって言われたのに、迷惑かな?
付き合ってもいないのに、強引?
送らなければよかったと、すぐに後悔して布団の中でバタバタと暴れていると、また携帯が短く鳴った。
急いで開くと、
「ミュージカルのチケットを貰ったから、明後日行くか?」
と。
予想もしなかった道明寺先生からの返事に、
「えっ、えっ、明後日会えるの?
行くっ!行きますっ!」
と、1人大きな声で叫んでいた。
………
2日後。
仕事を終えて急いでシャワーを浴びた後、約束の劇場へとタクシーに乗った。
いつもなら電車か車で行くけれど、今日は違う。
なぜなら、あたしの今日の服装は膝丈のワンピースと慣れないヒール靴。
少しでも可愛く、少しでも女らしく見えるように、
昨日、優紀に付き合って貰ってデパートで買ったのだ。
タクシーを降りて劇場の中に入ると、公演30分前で徐々に混み合ってきていた。
道明寺先生の姿はない。
エントランスホールの隅にある壁に寄りかかり人の流れを見ていると、しばらくして長身の道明寺先生がロビーに入ってくるのが見えた。
グレーのジャケットに黒のパンツ。
そのかっこ良さに周囲が振り返るほどだ。
キョロキョロとあたりを見回した後、あたしに気付いて近づいてくる。
そして、あと10メートル…というところまで来て、道明寺先生はあたしから完全に視線を逸らして、こめかみをグリグリと押さえる仕草をした。
あ……、やっぱりあたし、
こんな格好して、似合ってないんだ。
そう分かると、急に恥ずかしさが込み上げてくる。
「遅くなってわりぃ。」
「うん。」
お互いまともに目を合わさないまま、そう会話をしたあたしたちの頭上で、
「お待たせいたしました。開演10分前です。」
と、アナウンスが流れた。
………………
道明寺先生に促されるまま座った座席は、一般の客席とは階が違い、多分VIPしか入れない場所。
周りにいる人たちも見るからに品が良く、場違いなのはあたしだけじゃないかと緊張してくる。
それに追い討ちをかけるように、周囲の女性たちの美しさが目に入る。
すらりとした手足を惜しげもなく見せた服装に、ツヤツヤの髪、指先まで整えられたネイル。
それに比べて、あたしは相変わらずショートカットだし、職業柄ネイルなんて何年もしていない。
咄嗟に後悔しながら俯く。
もう少し濃いめのリップでも付けて来れば良かった。
ヒールをあと2センチ高くして、ロングスカートにすれば少しはスタイル良く見えたかもしれない。
道明寺先生がロビーであたしを見た時、視線を逸らした理由がなんとなく分かったような気がして、
あたしは開演間近の暗闇の中、着ていたジャケットを脱ぎ、自分の脚を隠すように膝に掛けた。
すると、
ミュージカルのパンフレットに目を通していた道明寺先生が、あたしを見て言った。
「寒いか?」
「ううん、大丈夫。」
その返事と共に、開演のブザーがなった。
幕が開く。
ドキドキしながら舞台を見つめるあたし。
その時、道明寺先生が急にあたしの膝からジャケットを取り、
「肩が冷えるから掛けてろ。」
そう言って、脱いだばかりのジャケットをもう一度あたしの肩に掛けた。
そして、今度は自分のジャケットを素早く脱ぐと、
「俺のを使え。」
と言ってあたしの膝にかける。
驚いて道明寺先生を見つめるあたしに、
小さく彼が言った。
「目のやり場に困る、バカ。」
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コメント
最後の司君の言葉に、ホッ