牧野との電話を切ったあと、早速ババァから呼び出しがかかった。
コンコン
返事を待たずに、ババァのオフィスに入ると、見知らぬ男がソファに座っていた。
「失礼しました。」
俺はそう言って部屋を出ようとすると、
「そのままで結構です。こちらは弁護士のかたですので、同席してもらいますから。」
そう言ってババァがその男の方に視線を向けると、その男は立ち上がり俺の方に向き直りながら、
「こんにちは。」
とやわらかく微笑み一礼した。
「呼ばれた理由はわかっていますね。」
ババァが俺に聞く。
「はい。……お騒がせしました。」
「それで?あの記事は事実ですか?」
「はい。」
「お相手は牧野さんですよね?」
「はい。」
「…………どういうお付き合いを?」
「真剣な交際をしています。
…………帰国して、あいつと再会してから、やっぱり俺には牧野しかいねえって。」
ソファに座る男の手前、ババァにも丁寧に話していたが、熱くなってくると口調がいつもの俺に戻ってくる。
「俺は結婚したいと思ってる。」
「牧野さんは?」
「あいつはたぶんまだそんなこと考えていねーと思うが、俺はあいつ以外考えらんねぇから。
6年間ずっと忘れられなかった。」
「あなたって人はまったく…………。
牧野さんは今どうしてるの?」
「とりあえず、マスコミがマンションに押し掛けてるから、今日はメープルに行かせることにした。マスコミは俺の方でなんとかする。」
「わかったわ。彼女のことはあなたに任せます。牧野さんにはしばらく仕事も休んで頂くことにしましょう。幸い、牧野さんの事務所の長塚氏とは旧知の仲ですので、私から連絡しておきます。」
「……牧野とのこと反対しねーのか?」
「もともと私は牧野さんの味方ですからね。
また悲しませるようなことをするのなら、今度はあなたと縁を切りますよ。」
「わかってる。今度こそあいつを幸せにする。」
一礼して部屋を出ようとする俺は、もう一度ソファに座る男の方に視線を向け、軽く頭を下げた。
すると、「健闘を祈ります。」と笑った顔が、なぜだかどこかで見たことのあるような気がして少しだけ気になった。
今、僕の目の前にいる青年を見るのは6年ぶりだった。
あの頃よりもがっちりと筋肉質に引き締まった体と端正な顔立ち。更に、彼が持つオーラはふた回りも年上の僕を圧倒させるほど強烈なものだった。
彼の名は、道明寺 司。
そして、僕は長塚 誠。
彼にはじめて会ったのは、6年前のNYだった。
そこは、海外スターやセレブがお忍びで通うタトゥーの専門店。
その頃、担当していた事件の被害者が腕にタトゥーを入れていたことから、聞き込みで訪れた店だった。
そこで見かけた一人の青年が、まさしく道明寺司だった。
その容姿と身のこなしからただ者ではないとすぐにわかったが、日本人らしい物腰に彼から目が離せなかった僕は、店の店主に聞いていた。
「彼は何者だ?日本人か?」
「ああ。つかさのことか?
彼はそこらの成り上がりのセレブとは違うよ。
本物のサラブレッドだ。」
「常連か?」
「いや、はじめてだよ、今回が。
あんな男に、名前を体に刻ませるほど愛されてる女ってどんな女なんだろうな。」
「女の名前を彫ったのか?」
「ああ。『つくし』って女への愛の言葉だ。」
「それが、今どきの若い人たちの流行りだろ?
付き合ってるときはいいけど、別れたら後悔するってよく聞く話だ。」
「普通はそうだけど、司はイカれてる。
彫ったのは別れた女へのメッセージらしい。
一生おまえを愛し続けるって。」
「別れた女?なんでまた…………。」
「俺もやめとけって言ったんだ。けど、司は聞きやしねー。
それだけその女に惚れてるらしい。」
あれだけの男ならどんな女でも寄ってくるだろう。それなのに、別れた女に一生を捧げる。
バカな奴だと思う反面、昔の自分とだぶるその姿が忘れられなかった。
そして、彼の名を知ったのはそれからしばらくしてからだった。
新しく顧問弁護士として迎え入れられた道明寺HDの資料に目を通しているとき、唐突に彼の写真と再会した。
それは、道明寺財閥の一人息子、道明寺 司。
あの店主が言うように、生粋のサラブレッドだった。
彼の母親である道明寺 楓氏とは若い頃からの知り合いであり、息子がいるとは知っていたが、あれだけの見惚れる青年に成長していたとは………。
そして、道明寺の顧問弁護士となった僕はある日、楓氏から相談をうけた。
『司氏の結婚について』
そして、その時はじめて知った。
彼が若くして結婚したこと。
その相手を自分のせいで悲しませ失ったことを。
それがあのとき店主が言っていた『つくし』だろうとピンときた。
彼は未だに彼女を愛している。
体に想いを刻むほど。
そして、最後に楓氏から聞いた衝撃の事実を知り、僕は驚きと同時に司氏と『つくし』の愛の行方を見届けたいと強く思った。
それから3年後、僕は再び思いがけない出会いをする。
僕の日本での拠点である長塚法律事務所に新人の弁護士が入ってきた。
学生の頃から優秀で、司法試験も一発で合格した才女だ。
そして、その子の名前が、牧野つくし。
知れば知るほど、彼女の聡明さと芯の強さに見惚れるような女性だった。
あのNYで出会った青年が、一生を捧げたいと思う女性。そして、道明寺財閥の社長である楓氏が惚れ込む女性。
僕は彼女に出会ってますます、二人の愛の行方を見届けたいと強く思った。
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