かすかに遠くで聞こえる音に、意識が覚醒していく。
体がいてぇ。いつものやわらかいベッドの感触ではなく、ゴツゴツした固い板に寝かされているようだ。
ん…………?
牧野の声?
そこで、俺はガバッと起き上がった。
そうだった。
昨日、あれからそのまま牧野の部屋で寝ちまったんだ。
腕時計を見ると6時半。
リビングには牧野の姿はなく、玄関の方で声がする。こんな時間に誰と話してんだよ。
そう思って俺は玄関へと続く扉を開けた。
「道明寺さん?」
玄関には今まさに靴を脱いで部屋に入ろうとしている牧野の弟を、牧野が必死に入らせないようにしているところだった。
「おう、弟。久しぶりだな。」
俺の出現に、牧野は深くため息を付きながら
「なんであんたは、起こしても起きないくせに、起きなくてもいいときに起きてくんのよっ!」
朝から機嫌がわりぃ。
「姉ちゃん、どういうこと?」
「…………今度説明する。
それより健太いいの?起こしてくる?」
「あー、俺が行くよ。健太、ベッドで寝てるの?…………もしかして、お邪魔だった?」
俺と牧野を見比べて弟が言ってくる。
「なに変なこと言ってんのよ!」
弟の頭を思いっきり叩きながらリビングに消える牧野を、俺と弟が後をおう。
ベッドでまだ寝ている健太を抱き上げて弟が、
「いつも姉ちゃん、ありがとね。
道明寺さん、今度ゆっくり。」
そう言って、バタバタと部屋を後にした。
牧野と一緒に玄関で見送った俺は、今まで気になっていたことを聞いてみる。
「健太の母親は?」
「今、入院中なの。」
聞いちゃいけねぇこと聞いたか?と思いながらも
「病気かよ。」と言うと、
「ううん。健太、お兄ちゃんになるのよ。
健太のママ、二人目妊娠しててもうすぐ出産なんだけど、仕事無理しちゃって早産になりかけたの。だから、出産まで病院で過ごすことになったの。
進も夜勤の勤務があるから、そういうときだけあたしのところで預かってるの。
ここは広いし、健太のお気に入りみたいでね。」
そう言って笑う牧野。
「そういうことか。離婚でもしたのかと思ったぞ。」
「ちょっと、やめてよ。姉弟揃って離婚してたら両親も泣くでしょ。」
その言葉に俺は胸が痛む。
離婚した当時、きちんと牧野の親に説明することも出来ず、NYに飛ばされた俺は、それ以来牧野の家族とはご無沙汰だった。
キッチンにたつ牧野の側に行き、後ろからこいつを抱きしめる。
「ちょっ!道明寺っ。」
「牧野、ごめんな。ご両親は元気か?
離婚するって言ったとき泣いてたか?」
牧野の肩に顎をのせて聞く。
「ううん。大丈夫。
他の金持ち探せって言ってたくらいだから。」
こいつが強がってんのはわかる。
そして、たぶんあの当時牧野の両親を泣かせたのも事実だろう。
近い将来、ぜってー会いに行く。
そして、心から詫びて、もう一度認めてもらう。
俺は心に誓った。
「道明寺、仕事行くんでしょ?そろそろ帰ったら?」
「ああ。牧野、今日何時に終わる?
今日も来ていいか?」
「ふざけんなっ。」
即答のこいつに苦笑する。
「プッ、おまえなぁ、彼氏に向かってその言い方はねーんじゃねぇ?」
「っ!彼氏って……。」
「牧野、昨日のことは嘘じゃねーよな?
おまえの言ったこと、今更なしはねーからな。」
「…………わかってる。
ちゃんと、……付き合う。」
その言葉を聞いて、俺は牧野の髪をワシャワシャとかき混ぜる。
「んな顔すんな。朝から襲うぞ。」
俯いて顔を赤くしている牧野がめちゃくちゃかわいくて、冗談に出来そうにない本音を言ってやると、ジタバタ暴れだすのは昔から変わらねぇ。
「そろそろ仕事行くわ。また電話する。」
俺はそう言って牧野の部屋を出た。
抱きしめるぐらいしてもいいか。
軽いキスぐらいなら許されるか。
そんなことを思ったが、
一度牧野に触れたら、俺の方が止められそうにねぇから……。
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