「なぁ、牧野は今どうしてる?」
目の前のグラスに視線を落としながら、俺は静かに聞いた。
「俺らもほとんど会ってねぇよ。
おまえらが別れて3年、いや4年ぐらいは全く会ってなかったけどよ、2年前に滋のバースデーパーティーで再会してから、去年も同じパーティーで会った。
滋と桜子には頻繁に会ってるらしいぞ。」
あきらが言う。
「…………そうか。」
「なんだよ、司。
お前の口から女の名前が出たと思ったら、相変わらず牧野かよ。
凝りねぇやつだなっ。」
総二郎の憎まれ口にも反応しない俺に、類が
「司、牧野となんかあった?」
と、聞いてくる。
こいつは、いつもはポワーンとしてるのに、牧野のことになると鋭くて腹が立つ。
「…………いや、何でもねえ。」
「何でもなくないでしょ。その反応は。」
「…………。
この間、偶然会ったんだ牧野に。
そしたらあいつ、小さなガキ連れてた。」
俺の言葉に顔を見合わせる3人。
「まさか、……おまえの?」
「いや、たぶん違う。年が合わねぇ。
まだ3才か4才ぐらいだろう。
姉貴のガキが同じぐれぇだから、なんとなくわかる。」
「ってことは、再婚してるのかよっ。
全然そんな話、聞いてねーぞ。
…………でもよ、総二郎。3年ぐらい前に俺ら二人でいるとき、街で偶然牧野を見かけたことあっただろ。その時、あいつ子供服を真剣に見てたよな。」あきらの問いに、
「あぁ。確かにそんなことあったな。
もし、ガキを生んだとしたらその前か。
俺らと音信不通の時期だからあり得なくもねーな。」総二郎が言う。
黙って話を聞いてた俺は、もう一つ確認したかったことを聞いてみる。
「弁護士にはなれたのか?あいつは。」
「ああ。現役で試験も合格したって。
大学の時から成績もよくて有名だったらしいぞ。今は都内の法律事務所にいるって本人が言ってた。」
F3は、これ以上のことは知らねぇらしい。
わかったことは、
あいつが弁護士として成功しているってこと。
そして、あのガキの母親である確率が極めて高いってこと。
もう、俺には関係ねぇことだって頭ではわかってるのに、その頭が常に牧野を思い出させる。
はっきりいって、牧野のことを調べさせればすぐに解決することだ。
けど、真実をしるのが恐い。
空白の6年を、あいつがどう過ごしてきたかを知る勇気がねぇ。
情けねーと思うが、俺はあいつのことになると、弱えーんだよ。
だから、どうか頼む。これ以上、俺の頭に居続けんなっ。
そんな、俺の願いも虚しく、絶妙なタイミングでおまえは俺の前に現れる。
「あっ、この間のおじさん!」
マンションのエレベーターホールに行くと、そこに牧野とガキの姿。
「あっ…………道明寺。」
「おう。」
そのまま黙ってエレベーターに乗り込む俺ら。
この間と違って、今日は俺が先に乗り込んで、牧野とガキが扉の近くに立った。
そして、ゆっくりと上がるエレベーターの中、ガキがチラチラと俺を見る。
「ねー、おじさん、背おっきーねっ。」
「あ?そうか?」
「うん!すっごくおっきい。
ぼくもおじさんみたくなりたいなー。」
「ちょっ!健太。おじさんおじさんって、失礼でしょ!…………ごめんね、道明寺。」
申し訳なさそうに謝るこいつ。
んな顔するなっ。
ちょうど36階に着いて、エレベーターから降りるのと同時に、俺はガキの体を抱き上げて、俺の頭よりも高く持ち上げてやる。
そして、
「どうだ?健太。高いだろ?
健太、俺はおじさんじゃねぇ。まだ26才だ。
おまえのママと1つしか違わねぇ。
お兄さんだ、お兄さん。」
そう言ってやると、
「ママは23才だよ!」と、ガキが言ってくる。
「あ?25才だろ。なぁ、牧野?
おまえ、自分のガキに年齢ごまかしてんのかよ。」
そう言って、となりの牧野に視線を向けると、しばらく固まってたこいつが、急に大声で笑いだした。
「えっ!やだーっ、アハハハーっ!
道明寺っもしかして、あたしの子供だと思ったの?
この子は進の子供!弟の子よっ!」
さも、当たり前でしょ、みたいな牧野のトーンに全身の力が抜ける。
なんだよっ。
どう考えたって、勘違いするだろ普通。
この2週間、どんだけ俺が悩んだと思ってんだよっ。
持ち上げてたガキを下におろしてやって、もう一度牧野を見ると、目に涙をためて爆笑してやがる。
その顔を見て、俺は懐かしさがこみ上げてきた。
それは、昔俺がすげー好きだった笑顔。
ずっと思い描いていた笑顔。
俺が奪っちまった笑顔。
それでも、愛しくて愛しくて堪らなかった笑顔。
その笑顔を見て、なぜだか俺は咄嗟に行動してた。
まだ笑い止まねぇこいつの手を強く引き寄せ、体ごと俺の腕のなかに閉じ込める。
そして言った。
「牧野、幸せだったか?」
一番聞きたかったこと。
一番願ってたこと。
それを聞きながら、俺は思った。
やっぱり、俺を硬い殻から出すのは、こいつしかいねぇ、と。
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コメント
あーー、バレちまった!
ざんねーん
もうちょっと苦しんでいいのにぃっ、このっ浮気司めっ!!