それから2ヶ月ぐらいたったある日、
珍しく8時前に仕事が片付き、マンションに戻った俺は、1階でコンシェルジュから郵便物を受け取っていた。
その時、俺の後ろを誰かが通った気配があったが、俺は気にもとめないでいると、コンシェルジュがそいつに向かって
「おかえりなさいませ。」と、声をかけていた。
それに、
「ただいま」と、女の声で返事をしたあと、エレベーターに向かうのが気配でわかった。
俺も郵便物を受け取り、それを眺めながらエレベーターホールに行くと、ちょうど扉が開いた状態で一台のエレベーターが止まっていた。
その中には、小さなガキとそのガキの靴紐を結んでやってる女が乗っていた。
いつもなら、誰かが乗っていれば別の台が来るまで待つのだが、ちょうど開いた形で止まっているし、広いエレベーター内は3人乗ったぐらいじゃ窮屈じゃねえ。
咄嗟に俺もそのエレベーターに乗り込み、扉の目の前に立った。
そして、ボタンを押そうとした時、既に36階のボタンに赤くランプがついてるのが見えた。
もしかして、となりの住人か?
扉が閉まり、ゆっくりとエレベーターが動き出すと、
「健太、蝶々結びって出来るの?」
「ちょうちょ、むすび?」
「そう。今、結んであげたでしょ。これのこと。健太、いつも靴のヒモほどけてるから。
帰ったら結ぶ練習しようか。」
「うん!」
目でエレベーターの階数が、5.10.15.20.と上がっていくのを眺めていた俺は、その親子の会話を背中で聞いて、心臓が激しく震動するのを感じた。
そして、ゆっくりとその親子へと振り向いた。
そこには幼いガキと、そのガキの手を握りしめて立つ、牧野の姿。
「まきの?」
「…………道明寺っ!」
俺を上目使いで見つめる牧野は、すげー驚いた顔で俺を見て固まっている。
すると、ガクッと軽い振動とともに扉が開き、牧野の目線がエレベーターのボタンへと注がれる。
「あっ、あたし、ここで降りるから」
そう言って、俺の横を通り過ぎてエレベーターから降りたこいつに、
「俺もここだ。」と、告げて後を追う。
「えっ!……もしかして、」
「ああ。3か月前に越してきた。
……もちろん、偶然だ。おまえが住んでるなんて知らなかったし、今はじめて……」
「わかってる。
日本に帰ってきたんだね。あたしこそ、全然知らなくて。」
そこまで言った牧野に、隣で黙って聞いていたガキが、
「この人だれ?」
と、牧野に小声で聞いてきた。
「ん?あっ、お友だち。昔のお友だちよ。」
そう言って、ガキの頭をくしゃと撫でて、
牧野は、
「じゃあ、あたし入るね。」
自分の部屋の方を指差して言った。
「……おう。」
6年ぶりに交わした、たったそれだけの会話を、
もう何時間も頭でリピートしている俺。
部屋に戻った俺は、シャワーに入り、着替えをし、ビールを片手にテレビの前のソファに座ったが、テレビの音が虚しく響くだけで、心は宙をさまよっている。
あのガキは牧野のガキか?
まさか、………いや、俺と別れたのは6年前だ。
どう考えてもあのガキは6才にはなってねーよな。ってことは、…………
そんなことをグルグル考えていると、俺は一睡も出来ずにいた。
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