小話です。
年齢、設定はフリーで。
大通りに面した洒落たカフェ。
大学の後、友人と連れだって4人でお茶しに来た夕時、久しぶりに彼を見た。
カフェに一人で入ってきた彼は、店内をぐるりと見回した後、店員に奥の目立たない席を指差してそこへ座った。
最近は財閥の仕事を手伝っているため、私が見掛けるときはスーツ姿が多かったけど、今日はラフな服装。
それでも、長身で手足が長いスタイルに上品な服装では、否が応でも目立つには充分だ。
自分でもそれを分かっているに違いない。
だから、店員が通りに面した席を案内しても決して目立つところには座らない。
彼が席につくのを見つめていると、
「滋?どうしたの?」
と友人が声をかけてきた。
「ん?いや、なんでもないのっ。」
慌てて目線を反らしたけど、
「あれって…………道明寺財閥の……」
「ほんとだ。道明寺司じゃない?」
友人も気付いちゃったみたいで、私たちのテーブルはキャッキャッと盛り上がる。
「そういえば滋、道明寺さんと知り合いだよね?ね~、ちょっとでいいから紹介してくれない?簡単な挨拶だけでいいからさー。」
「お願い!こんな機会ないもんっ。」
「向こうも一人みたいだから、行こう?」
友人3人が目をキラキラさせてあたしに頼み込んできて、あたしは思わずプッと吹き出してしまう。
「分かったわよ。あたしの友達ってことで挨拶だけだからねっ。」
そう言って、席を立って司のところに向かおうとしたその時、急に司の顔が優しく微笑むのが目に入った。
その視線の先は、………………つくし。
それは、見なくても分かった。
司にこんな表情をさせるのは、つくしだけだから。
「滋?」
立ち上がったあたしが、また席に座ったから、友人が不思議そうに聞いてくる。
「待ち合わせだったみたいね。」
あたしのその言葉に一斉に司の方を見る彼女たち。
「…………道明寺さんの、彼女?」
つくしが奥の席の司の存在に気付いて早歩きで近付き、司の正面に座った。
ここからはだいぶ離れていて、二人の会話は聞き取れないけど、恋人同士のような甘さは感じられない。
店員に注文を済ませた二人は、何やら真剣に話し込んでいるが、時々つくしが頬を膨らませて司を睨んだり、司も腕を組んで睨み返したりと、どうやら喧嘩でもしてる様子。
もー、相変わらずなんだから。
皆の前ではラブラブで甘々なあの二人なんて見たことないけど、二人の時くらいラブラブしなさいよっ。
あんなんで、何年も付き合ってるんだから、ほんと不思議でしょーがないわ。
店員が二人にパスタとサラダを持ってきた後も、険悪な雰囲気は続いていく。
このまま放っておけば、喧嘩が長引いて嫌な展開にならないだろうか…………とこちらまでヒヤヒヤしてくる。
友人たちも
「なんか、雰囲気悪くない?
もしかして、別れ話かなぁ。」
と同じことを考えてる様子に、あたしは居てもたってもいられなくて、立ち上がろうとした時、
「でも、時々道明寺さんが笑ってるように見えるけど?」
友人の一人がそう言った。
確かによく見てみると、つくしがパスタに夢中になってる隙に、司の顔が緩んでいる。
そして、つくしが何か言おうとすると、司が自分のフォークにクルクル巻いたパスタをつくしの口に持っていく。
その目の前に出されたパスタを、何か文句を言いながらもパクッと口に入れるつくし。
その後も、つくしの頬をつねってみたり、口に付いたドレッシングを拭いてあげたり。
あの脚の絡みなんて、ただ司の足が長いだけじゃない。
ちゃっかり自分の脚の間につくしの脚を挟んで離さないように密着させてるのは確実にわざと。
そして、それを当たり前のように受け流しているつくしを見ると、それがいつも『普通』なんだろう。
結局、あの二人にとって喧嘩が一番の甘い時間なのかもしれない。
バカバカ言いながらも最後は司の好きなようにさせるつくしと、我が儘で横暴なことを言いながらも結局つくしを甘やかす司。
「あー、もうっ、見てらんないわ。
ちょっと行ってくる。」
あたしは友人にそう告げて、二人のところに行くため立ち上がった。
「つくし~!」
「えっ、滋さん?」
突然のあたしの出現に驚きながらも喜んでくれるつくしと、あからさまに嫌な顔をする司。
「何やってんだよ、滋。」
「それはこっちの台詞。
あたしが友達とお茶してたら司が入ってきたの。
そしてつくしが来たと思ったら、何やら揉めてるからヒヤヒヤしたわよ。」
「あー、いやっ、揉めてる訳じゃなくて…………。」
バツが悪そうに下を向くつくし。
「分かってるわよ。揉めてるんじゃなくて、じゃれてたのよね?
ったく、いい加減にしなさいよっ。
見てるこっちが胸焼けするわ!」
そう言ってバシッと司の背中を叩いてやる。
「いてーなっ!
相変わらずバカ力だな、少しは手加減しろよっ。
」
文句を言ってる司を無視して、
「友達が待ってるからまたね。
つくし、来週の桜子との飲み会、楽しみにしてるから。」
そう言って席に戻るあたしの後ろで、
「飲み会ってなんだよ。聞いてねーよ。
3人か?男なんていねーよなっ?」
司のうるさい声が響く。
それから10分ほどで店を出ていった二人。
帰り際、あたしたちの方に軽く手を上げて
「またな」と言った司に友人たちの興奮が再熱。
そして、あたしたちが帰るとき
「お会計はすでに頂いております。」
と言われ、またも株を上げた司。
些細なことであんたのファンはどんどん増えていくけど、
あんたの視線の先はいつも同じ。
あたしが出会った頃から、司にはつくししか見えていない。
そのあまりにもまっすぐな想いが、羨ましくて、
何度もあたしに向けて欲しいと思ったこともあった。
けど、今はもう理解できる。
司を夢中にさせるほどのものをつくしが持っていることをあたしは知っているから。
だから、司、
その無駄にかっこいい仕草とか、無意識に見せる優しい表情とか、破壊力のある言動とか、
お願いだから公共の場ではやめて。
だってほら、
今日も被害者が3人出ちゃったじゃない!
「ねー、道明寺さんすごいかっこよかったねー!」
「ほんとっ、近くで見たらすごいオーラ!」
「あの『またな』って、もうったまんない!」
興奮する友人3人を見て、溜め息をもらすあたし。
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