報告書に目を通したあと、ババァの書斎に向かった俺は、イライラの限界に達していた。
「どけろっ。」
「出来ません。」
「てめぇら、誰に言ってるのか分かってるのかっ!」
「社長の命令で、誰も中に入れるなと言われていますので。」
ババァの部屋の前にはSPがズラリと立ちはだかっている。
1歩も俺を近付けさせない隙のない警戒体制はさすがで、そう訓練させてきたのは、紛れもなく自分だ。
ここでこれ以上騒いでも仕方がない。
『大丈夫。』と言ったねーちゃんを信じて待つしかない。
自室に戻っても、落ち着かない。
部屋の中をグルグルと歩き回り、意識は常に牧野へと向けられる。
悶々とした気持ちでひたすら待っていた俺に、ノックの音が聞こえた。
牧野か?
そう思って急いで開けた扉の向こうには、
タマの姿。
「坊っちゃん、椿さまがお呼びです。」
「ねーちゃんが?」
「はい。奥さまの書斎に。」
ババァの書斎に着いた俺は、そこで目を疑う光景を見た。
向かい合うソファに崩れるように横たわる牧野とババァ。
「何があった?」
ババァの横でワイングラスを片手に呑気に座るねーちゃんにそう聞くと、
「見ての通り。
酔っ払いが二人よ。」
そう答えるねーちゃん。
「ババァもか?」
「はぁー、二人ともお酒が弱いくせにこんなに飲むから……まったくもう。」
牧野の酒の限界量が2杯だということは知っていたけれど、ババァが酒に弱いとは初耳だ。
いつもより頬を赤くして、ソファに崩れるように眠り込むババァは、いつもの威厳はなく、なぜだか普通の母親に見えてくる。
「司、つくしちゃんを部屋に連れていってあげて。」
「おう。
…………ねーちゃん、話しはどうなった?」
「さぁ~、どうかしら。」
その言葉に、どうやら話し合いがいい結果ではなかった事を知って眉間にシワがよる。
そんな俺に、
「情けない顔してんじゃないわよっ。
……司、あんた幸せね。」
そう呟くねーちゃん。
「あ?」
「こんなに真剣に人に愛されるって、幸せなことよ。
お母様にもそれは伝わってるはず。
それに、きっとお母様の中では、答えはすでに出てたのかもしれないわ。」
「どういうことだよ。」
「悔しいから教えてあげない。」
「なんだよそれっ。」
「あんたも一杯飲んでいったら?
このワインは高いわよ。」
そう言って笑うねーちゃんに、
「遠慮しとく。」
そう言って片手を振って見せて、ソファに沈みこむ牧野を抱き上げた。
「椿さまもお部屋で休まれてはいかがですか。」
司がつくしちゃんを連れて部屋を出ていった後、ぼんやりと座る私にタマさんが声をかける。
「タマさん。
お母様、どうしましょ。」
「少し休まれたら起きますよ。
あとはタマに任せて下さい。」
テーブルのグラスを片付けながらそう言うタマさん。
「そう?じゃあ、お願いしようかしら。」
「……それにしても、ずいぶん貴重なワインを2本も空けるなんて、全く奥さまは。」
タマのその言葉に、ワインボトルを見つめる私。
そのボトルのラベルには
『TSUKASA』の文字。
そう、このワインは司が生まれた歳に作らせた貴重なワイン。
その年の最高級のブドウを使い、ボトルからラベルまで、すべてオリジナルで作らせた数に限りのある貴重なもの。
そして、私だけが知っているお母様の口癖は、
「司の人生で、何度か訪れるだろう大切な日に、このワインで乾杯するつもりよ。」
その言葉を思い出す。
「ねぇ、タマ。
……新しい家族が出来るのね。」
「はい。……賑やかになりますね。」

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