きっかけは、長年道明寺の専属デザイナーとして仕えてくれている靴職人の一言だった。
「そろそろ司様もご結婚ですか?」
息子にそんな素振りもなかっただけに、
「浮いた話の一つもないわ。」
そう答えた私。
「……そうですか。
4年前に女性用の靴をオーダーされましたが、つい先日、その靴のお直しを頼まれましたので、長くお付き合いされている女性がいらっしゃるのかと。」
そう話す職人の言葉は初耳だった。
4年前なら司がNYにいるころで、私の目の届く場所にいたはず。
彼女がいれば、いくらプライベートは自由にさせていても、耳に入る。
しかも、いまだに付き合いが続いているような関係の女性がいるのだろうか。
信じられないという気持ちの反面、司の言動には母親として不安がいつもあったため、その職人からの話にホッとしてる自分もいた。
25も過ぎた年頃の息子に今まで全く女性の影はなかった。
それどころか、米社会では同性愛の噂まで立てられて憤慨してたところだった。
「その靴はほんとに4年前に作ったものなのね?」
「はい、もちろん。
私が作ったものですから忘れるはずがありません。」
その言葉を聞いて、私はある人物に連絡を取った。
毎月送られてくる報告書。
それは、今月で12冊目。
少なくとも司と彼女の付き合いは1年が経過していた。
彼女の名前は牧野つくし。
道明寺HD日本支社、総務課勤務。
彼女の今までの経歴も調べさせたが、司が日本支社に異動になる前の接点はどこにもない。
やはり、靴の彼女とは別人か?
家も一般家庭、両親もサラリーマンをやめて沖縄で悠々自適の生活。
出身校もそれほどではないけれど、唯一目を引いたのは、道明寺財閥の入社試験の成績が群を抜いて素晴らしかった。
試験、論文ともにトップといっていいほどの成績。それを見ると、高校まではたぶんお金のかからない所を選んで行っていたのだろうか。
毎年、成績優秀者だけが選ばれるNY本社での新人研修にも参加していて、そこでも見事な英語を披露したようだ。
司とはどこで知り合ったのかは結局分からない。
でも、その報告書に写る司の姿は、母親の私ですら見たことのない優しい顔をしていた。
先日は彼女を邸にも連れていきタマとも会ったようだ。
そして、たぶん今ごろ椿とも会っているだろう。
司、私に話すのが怖いのかしら?
二人の仲を引き裂くと思っているのかしら?
直接対決が待ち遠しい…………。
「もしもし。」
「俺です。……今少しいいでしょうか。」
「ええ、構わないわ。
仕事で何かトラブルでも?」
「いえ。
実は……会ってもらいたい女性がいます。」
「牧野つくしさんね?」
「……もう、そこまで知ってるのかよ。」
少し苛立った司の声。
「ご両親への挨拶は無事に済んだのかしら?」
私がここまで知ってると思っていなかったんだろう、この言葉にしばらく絶句していた司だったけれど、
「そこまで報告があがってるなら話は早いな。
牧野と結婚したいと思ってる。
牧野の両親にも承諾を得た。
あとは…………母さんだけだ。
二人で会いに行く。
近い内、予定を空けてくれねぇか。」
久しぶりに司から『母さん』と呼ばれた気がして、懐かしさに口許が緩む。
中学に入ってからは、親子らしい会話もほとんどしてこなかった。
時を経るごとに、私たちの関係は冷えきって、NYの同じ邸で暮らしている時でさえ、顔を会わせない日が何日も続くような日々だった。
だから、司ことは仕事以外ではほとんど何も知らない。
どんな音楽が好きなのか、どんな服装を好むのか、どんな部屋で過ごしているのか、
そして、どんな女性を好きになるのか。
『会わせたい女性がいる。』
そう、堂々と男らしく言う司に、私の知らないところで成長したわね、と嬉しさが込み上げてくるのと同時に、そんな司を一番側で見てきた女性がどんな子なのか、早く知りたいと思う。
「来週、日本に帰ります。
その時に、牧野さんに会わせて貰えるかしら?」
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